黒いベレー帽をかぶり、毛皮の外套を肩にまとった若者が、こちらを静かに見つめています。この絵は現在、実物を誰も目にすることができません。《若い男の肖像》(1513〜1514年頃)は、盛期ルネサンスを代表する画家ラファエロによる油彩画で、かつてポーランド・クラクフのチャルトリスキ美術館が所蔵していました。しかし第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって奪われて以来、80年以上にわたって行方が分からないままになっている、20世紀最大級の美術品盗難事件の主役です。
基本情報
作者:ラファエロ・サンツィオ(1483〜1520)
制作年:1513〜1514年頃
技法・素材:油彩・板
サイズ:約72×56cm
元の所蔵先:チャルトリスキ美術館(クラクフ、ポーランド)
現在の所在:1945年以降、行方不明
入手経緯:1798〜1801年頃、アダム・イェジー・チャルトリスキ公がジュスティニアーニ家のコレクションから購入
一言でいうと
《若い男の肖像》は、三分の四正面向きで描かれた若い男性が、白いシャツと黒いベレー帽、毛皮の外套という装いで、静かにこちらを見つめる肖像画です。一部の研究者は、この人物の顔立ちがラファエロ自身の唯一のもう一つの自画像――バチカンのフレスコ画《アテナイの学堂》に描かれた自身の姿――と似ていることから、これをラファエロの自画像ではないかとも考えています。
制作背景
この絵は、当時ロシア帝国のサルデーニャ王国大使を務めていたポーランドのアダム・イェジー・チャルトリスキ公によって、1798年から1801年頃、ジュスティニアーニ家のコレクションから購入されました。同じ旅の中で、彼はレオナルド・ダ・ヴィンチの《白貂を抱く貴婦人》も同じジュスティニアーニ家から手に入れています。これらの作品は、彼の母イザベラ・チャルトリスカ公妃のために取得されたもので、公妃はポーランドのプワヴィにある一族の邸宅で、すでに独自の美術コレクションを築き始めていました。
この絵はやがて、レオナルドの《白貂を抱く貴婦人》、レンブラントの《善きサマリア人のいる風景》とともに、チャルトリスキ美術館の「三大傑作」と呼ばれる存在になっていきます。第一次世界大戦の際にはドレスデン絵画館に保管を委ねられ、1920年代初めにクラクフへ戻されました。しかし1939年、第二次世界大戦の勃発が迫る中、コレクションは再び避難させられることになり、100年前と同じシェニャヴァのチャルトリスキ宮殿の別館に隠されました。同年9月15日、ドイツ軍がこの宮殿に到達し、その3日後には別館が略奪されたことが報告されています。
見どころ

曖昧に描かれた性別の表現
袖のリボンや手の配置など、当時の肖像画としてはしばしば女性的とされた要素が、この男性像にも見られると指摘されています。左手が胸の近くに置かれた構図は、自己同一性と静かな自信を象徴しているとも解釈されています。
人と自然の対比
肌色を思わせる壁と、肩にかけられた豪奢な毛皮、そして波打つ濃い髪との組み合わせが、人間と自然という古典的な対比のテーマを暗示しているという見方もあります。窓の向こうには、静かな風景が小さく描き込まれています。
消えた「三大傑作」の一つ
この絵は、チャルトリスキ家がナチスの侵攻から守ろうとした最も重要な三点の絵画のうちの一つでした。結局この絵は、ナチスの略奪を免れることができませんでした。
評価と受容
この絵は1939年、ヒトラーが計画していたリンツの「総統美術館」のためのコレクションとして、ナチスに没収されました。この「三大傑作」は、ナチス占領下ポーランドの総督ハンス・フランクのクラクフの官邸を飾った後、ベルリンとドレスデンへ送られています。この絵が最後に目撃されたのは1945年、フランクが個人的に持ち出したとされる時点でした。戦後、レオナルドの《白貂を抱く貴婦人》とレンブラントの《善きサマリア人のいる風景》はいずれも発見・返還されましたが、このラファエロの肖像だけは、今日に至るまで一度も見つかっていません。フランクの息子ニコラスは、戦後の混乱の中で母親がこの絵を宝石とともに売却したのではないかと語ったことがあり、また1973年にはバイエルンの民家の地下室でこの絵を見たと証言する人物も現れましたが、後の調査ではその家も所有者も特定できませんでした。多くの歴史家はこの絵を、第二次世界大戦中に失われた美術品の中で最も重要な一点だと位置づけており、モニュメンツ・メン・アンド・ウィメン財団は今も捜索を続けています。
よくある誤解
誤解①「この絵は今もチャルトリスキ美術館で見ることができる」→ 実際は1945年以降、行方が分からないままである
かつての所蔵先が今もこの絵を展示していると思われがちですが、実際にはナチスによる略奪以来、この絵は一度も発見されておらず、チャルトリスキ美術館には現在この絵は存在しません。
誤解②「同じチャルトリスキ家の三大傑作は、いずれも今も行方不明のままである」→ 実際は他の二点はすでに発見・返還されている
三点すべてが失われたままだと思われがちですが、実際にはレオナルドの《白貂を抱く貴婦人》とレンブラントの《善きサマリア人のいる風景》はいずれも戦後に発見され、現在は美術館に戻されています。行方不明のままなのはこのラファエロの肖像だけです。
FAQ
Q. 《若い男の肖像》とはどんな作品ですか?
A. ラファエロが1513年から1514年頃に手がけた油彩画で、毛皮の外套をまとった若い男性を描いています。かつてポーランドのチャルトリスキ美術館が所蔵していましたが、現在は行方不明です。
Q. なぜこの絵は行方不明になったのですか?
A. 1939年、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻した際に略奪され、ヒトラーの計画していた美術館のコレクションに組み込まれた後、1945年を最後に消息が途絶えました。
Q. この絵はラファエロの自画像なのですか?
A. 確定はしていませんが、顔立ちがラファエロの別の自画像(《アテナイの学堂》に描かれた自身の姿)と似ていることから、自画像ではないかとする説が有力です。
Q. 《若い男の肖像》は今どこにありますか?
A. 1945年以降、所在は分かっていません。専門機関による捜索が今も続けられています。
まとめ
一枚の肖像画が、戦争という混乱の中で忽然と姿を消してから、すでに80年以上が経ちました。同じ運命をたどったはずの二点の傑作がそれぞれの美術館に帰還を果たした一方で、この若者の静かな眼差しだけが、今もどこかで見つけられる日を待ち続けているのかもしれません。
