オスロ大学の大講堂(アウラ)に、幅7メートル80センチにも及ぶ巨大な太陽が輝く壁画がある。《太陽(ノルウェー語:Solen)》と題されたこの作品は、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが1909年から1911年にかけて手がけたもので、彼が公的機関から初めて受けた大規模な依頼の成果として知られている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | エドヴァルド・ムンク(1863〜1944) |
| 制作年 | 1909〜1911年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 455×780cm |
| 所蔵 | オスロ大学 大講堂(アウラ) |
誰が講堂を飾るかをめぐる論争
オスロ大学は創立100周年を迎えるにあたり、新たな大講堂の壁面を飾る美術作品を求めていた。大学と美術界からなる委員会が複数の画家に案を募ったこの依頼をめぐっては、「アウラ論争」とも呼ばれる激しい議論が巻き起こった。大学側は新古典主義的な建物にふさわしい、伝統的なギリシャ風の装飾を望んでいたが、ムンクは古典様式から大きく踏み出し、独自の近代的な語法でこの依頼に応えている。彼は装飾全体を通じて、1つの完結した独立した思想の世界を築き上げたいと考え、その視覚表現がノルウェー的でありながら同時に人類普遍のものであることを目指したと語っている。この構想の実現のため、ムンクは数年にわたって数百点もの下絵と習作を残した。
クラーゲロの断崖で見た日の出
本作が描いているのは、ムンクがアトリエを構えていた南ノルウェーのクラーゲロ近郊、岩の多い群島の上に昇る輝く太陽の光景だ。ムンク自身は、断崖の上に太陽が昇るのを見て、そのままこの太陽を描いたと語ったと伝えられている。この作品には、生命の活力そのものを重視する当時の思想運動「ヴァイタリズム(生気論)」への彼の傾倒がよく表れている。
見どころ

画面いっぱいに広がる光の放射
太陽そのものは画面中央でまばゆい白として描かれ、そこから無数の色鮮やかな光線が放射状に広がっている。この構図によって、太陽の存在は画面全体を支配する圧倒的な力として立ち現れている。
厚塗りで表現された生き生きとした筆致
ムンクはこの壁画を、伝統的なフレスコ技法のように壁面に直接描くのではなく、巨大なカンヴァスに油彩で仕上げるという手法を選んだ。この選択によって、より即興的で躍動感のある筆致が可能になり、太陽は無数の色彩のなかできらめくように表現されている。
岩と海と空を貫く水平線
太陽の下には、荒々しい岩肌と穏やかな海、そしてその境界を貫くまっすぐな水平線が描かれている。この単純な構成が、太陽という圧倒的な存在をいっそう際立たせている。
講堂全体へと広がる光の連作
本作はアウラを飾る全11点の壁画群の中心に位置づけられ、その光線は左右に掛けられた他の作品群へと伸びていくように構成されている。《歴史》や《母校》といった他の代表作とあわせて、1つの壮大な思想的世界を形作っている。
実際に見るには
本作は現在もオスロ大学の大講堂に、ムンク自身がこの場所で構想し描き上げたそのままの状態で掛けられている。1916年以来この場所を離れたことがなく、表現主義による記念碑的な壁画群としては、当初の文脈のまま保存されている数少ない例とされている。
FAQ
Q. 《太陽》はどこで見られますか?
オスロ大学の大講堂(アウラ)に、制作された当時のまま展示されている。
Q. なぜこの絵は大学の講堂に描かれたのですか?
大学創立100周年に際し、講堂の装飾を委ねられたムンクが、啓蒙という大学の理念を日の出という主題で表現したためである。
Q. どこの風景を描いていますか?
ムンクがアトリエを構えていた南ノルウェー、クラーゲロ近郊の群島の風景である。
Q. 「ヴァイタリズム」とはどんな考え方ですか?
生命の活力や自然の根源的な力を重視する、当時の思想・科学運動である。
Q. 他にどんな作品がこの講堂にありますか?
《歴史》や《母校》をはじめ、全11点の壁画群が本作とともに講堂を飾っている。
まとめ
《太陽》は、大学の講堂という公的な空間のために、ムンクが人類全体への祝福として描き上げた壮大な1枚だ。断崖の上に昇る太陽をそのまま描いたという彼の言葉を思い返しながら画面を見つめていると、啓蒙という抽象的な理念が、これほど直接的な光の表現として立ち現れることに、あらためて驚かされる。
