《結婚6周年の自画像》(1906年)は、ドイツの画家パウラ・モーダーゾーン=ベッカーが、パリで描いた半身の自画像で、ブレーメンのパウラ・モーダーゾーン=ベッカー美術館が所蔵しています。上半身をあらわにした女が、大きな琥珀の首飾りだけを身につけ、膨らんだ腹に手を当てて、こちらを見つめています。しかし、描いたとき、パウラ自身は妊娠していませんでした。女性が、自分自身の裸の姿を描くという、当時としては例のない挑戦を行った、重要な作品です。

基本情報
作者はパウラ・モーダーゾーン=ベッカー(1876〜1907)、制作日は1906年5月25日、制作地はパリです。技法は、厚紙に描いた油彩とテンペラで、サイズは縦101.8×横70.2cm。ブレーメンのパウラ・モーダーゾーン=ベッカー美術館(ベトヒャー通り美術館群)に所蔵されています。画面の右下には、「Dies malte ich mit 30 Jahren an meinem 6. Hochzeitstage(私は、30歳の、結婚6日目の日に、これを描いた)」という銘文と、署名の頭文字「P. B.」が入っています。
題の読み方
銘文と題のドイツ語は、「6. Hochzeitstag」、直訳すると、「6回目の結婚の日」です。英語版ウィキペディアは、最初の結婚の日が、結婚式の当日だったため、この「6回目の結婚の日」は、実際には、結婚5周年にあたると説明しています。そのため、「結婚5周年の自画像」と表記することもあります。
制作背景|パリでの決断
パウラは、1901年に、画家のオットー・モーダーゾーンと結婚し、ブレーメン近郊のヴォルプスヴェーデで暮らしていました。1906年2月に、パウラは、芸術に専念するために、一人でパリへ向かいました。出発の際の、2月24日の日記には、「私は、オットー・モーダーゾーンのもとを離れ、古い人生と新しい人生の間に立っている」という趣旨の言葉が記されています。
同じ頃、詩人のリルケに宛てた手紙(1906年2月17日)では、「私はモーダーゾーンではなく、もうパウラ・ベッカーでもない。私は『私』であり、これからもっと、そうなれたらと望んでいる」という趣旨のことも書いています。
1906年は、パリで、パウラが、最も多くの代表作を描いた、幸福で、実り多い時期だったとされます。この年に、パウラは、自分自身の裸体を描いた自画像を、何点も描きました。
見どころ|立つ女

画面の中央に、パウラ自身が、体を斜めに向けて立っています。赤みを帯びた茶色の髪は、中央で分けて、後ろへまとめられ、茶色の大きな目は、こちらを、探るように見つめています。口元は、ほのかに笑みを浮かべ、頬は、淡い桃色です。
首には、大きな琥珀の玉をつないだ首飾りが、胸の前へ垂れ下がっています。上半身は、淡い桃色と黄土色で、素朴に塗られ、体の線は、輪郭線を強調せず、柔らかな面で表されています。片方の手は、腹の上に置かれ、もう一方の手は、体の横で、小さな丸いものを握っているように見えます。腹部は、丸く膨らみ、淡い青白の布が、腰から下を包んでいます。
背景は、淡い緑で、小さな葉のような跡が、全面に散らばっています。そのことが、画面に、軽やかさと、平面的な広がりを与えています。
「妊娠していない妊婦の姿」
この絵は、妊娠した女性の姿を描いたように見えますが、英語版ウィキペディアと、複数の解説は、描いたときのパウラが、妊娠していなかったと述べています。ある紹介記事は、パウラが、この時期、子どもを持つ準備はできていないと語っていたと伝えています。
美術館や批評は、この作品を、「裸体」(無名の、美しいミューズ)と、「自画像」(名前を持つ、重要な画家)という、二つのジャンルを組み合わせた作品として読んでいます。そこには、画家であることと、母になることという、二つの未来の可能性が、重ねられているというのです。
画家のシャンタル・ジョフは、パウラに、危機や、自分は何者かという問いを、自画像を通して、探る衝動があったと述べています。
初期の「裸体の自画像」
パウラは、女性の画家として初めて、裸の自画像を描いたとされます。パリで、1906年から1907年にかけて、ほとんど一人で、「女性の裸体の自画像」という、ヨーロッパ近代美術の新しいジャンルを、作り出したと、スマートヒストリーは述べています。1906年の夏には、同じ琥珀の首飾りをつけた、別の裸体の自画像(『琥珀の首飾りをつけた裸体の自画像』)も描いています。
その後
パウラは、1906年の晩夏に、オットーと友人たちの説得を受けて、ヴォルプスヴェーデに戻りました。1907年11月に、娘マティルデを産み、その約20日後に、塞栓症のため、31歳で亡くなりました。
まとめ
《結婚6周年の自画像》は、画家が、自分の体と、未来の自分を、自分のまなざしで描いた作品です。妊娠した姿で、こちらを見つめる彼女の目は、問いかけるようでも、静かな確信を持っているようでもあります。この絵は、女性が、自分の身体を、自分の手で描くという道を、切り開いた一枚として、今も語られます。
