イェール大学附属美術館に、暗い畑の上に無数の星が瞬く夜空を描いた1枚の油彩画がある。《星の夜(仏:La Nuit étoilée、英:Starry Night)》と題されたこの絵は、農民の労働をひたすら描き続けたことで知られるフランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーが、珍しく人物を一切排して手がけた純粋な風景画だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジャン=フランソワ・ミレー(1814〜1875) |
| 制作年 | 1850年頃(1865年頃に加筆) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 65.4×81.3cm |
| 所蔵 | イェール大学附属美術館(ニューヘイブン) |
パリを離れバルビゾンへ
ミレーは1849年、10年近く暮らしたパリを離れ、フォンテーヌブローの森の外れにある小さな村バルビゾンへ移り住んだ。この移住の背景には、当時パリを襲っていたコレラの流行と、1848年革命に端を発する政治的・社会的な混乱があったとされている。本作は、彼がバルビゾンに落ち着いてまもない頃に描き始められ、その後およそ15年を経た1865年頃に手を加えられたと考えられている。
農民画家が例外的に描いた風景画

ミレーといえば、《落穂拾い》や《晩鐘》に代表される、大地に根ざした農民の労働の姿を描いた画家として知られている。しかし本作には人の姿がほとんど描かれておらず、彼の作品群のなかでも数少ない、風景そのものを主題とした1枚とされている。弟に宛てた手紙のなかでミレーは、夜がどれほど美しいか、その静けさと壮大さに圧倒される思いを綴ったと伝えられており、本作はそうした夜への眼差しがそのまま形になったものだといえる。
流れ星と静止した星々の対比
画面上部を占める夜空には、無数の星がきらめくなかを、2筋の光がまっすぐに流れ落ちていく様子が描かれている。研究者のあいだでは、この光の筋はオリオン座流星群のような、特定の流星群を観察して描かれたものではないかという指摘もある。まばらな筆致で表された流れ星と、点描のように散らばる無数の恒星との対比が、夜空に奥行きと動きを与えている。
光を通さない暗い前景
画面下半分は、ほとんど黒に近い暗さで塗り込められた地面が広がっている。ミレーはこの暗がりを、薄く透明な絵具を幾重にも重ねる技法によって作り上げており、単なる暗闇ではなく、かすかな光を内側に含んだ、奥行きのある闇として表現している。
地平線に浮かぶ荷馬車の影
画面中央、地平線のあたりには、荷馬車と思われるシルエットが小さく浮かび上がっている。夕暮れの名残を思わせる淡い光を背にしたこの荷馬車の姿が、無人に見える風景のなかに、かすかな人の気配を残している。
死後に見出された1枚
本作が最初に人々の前に姿を現したのは、1875年、ミレー没後にパリのオテル・ドルオーで開かれた遺作競売でのことだったとされている。その後長らく個人の手に渡ったまま公にはあまり知られず、1961年になってようやくイェール大学附属美術館がこれを取得し、常設のコレクションに加えた。
なお本作は、その構図や光の効果において、後にフィンセント・ファン・ゴッホが手がけた同名の《星月夜(1889年、ニューヨーク近代美術館)》を思わせる作品として、しばしば比較の対象にされている。ファン・ゴッホがミレーを深く敬愛していたことはよく知られており、1873年から1875年にかけてパリに滞在していた時期に本作を目にしていた可能性も指摘されている。
実際に見るには
本作はイェール大学附属美術館の常設コレクションで見ることができる。ミレーの代表作の多くはパリのオルセー美術館に集中しているため、本作のようなアメリカ国内の所蔵作品は、彼の画業の広がりを知るうえで貴重な1枚となっている。
FAQ
Q. 《星の夜》はどこで見られますか?
イェール大学附属美術館に所蔵されている。
Q. ミレーはなぜバルビゾンに移り住んだのですか?
パリでのコレラの流行と、1848年革命に伴う政治的・社会的な混乱を避けるためだったとされている。
Q. なぜこの絵は珍しいとされているのですか?
農民の労働を主題とすることの多いミレーの作品群のなかで、人物をほぼ描かない純粋な風景画である点が珍しいとされる。
Q. ファン・ゴッホの《星月夜》とは関係がありますか?
直接の関係は証明されていないが、構図や光の表現が似ている点から、影響関係を指摘する研究者もいる。
Q. この絵はいつ美術館に収蔵されましたか?
1961年にイェール大学附属美術館が取得した。
まとめ
《星の夜》は、農民の日常をひたすら描き続けたミレーが、珍しく人の姿を離れて夜空そのものと向き合った1枚だ。暗い畑の上に流れる2筋の光と無数の星のなかに、彼が弟への手紙に綴った、夜の静けさと壮大さへの率直な感動がそのまま形になっている。
