ミュンヘンのノイエ・ピナコテークに、両手に顎を乗せ、色を失ったような瞳でこちらを見つめる女性を描いた油彩画がある。《私は私自身に扉を閉ざす(英:I Lock My Door Upon Myself)》と題されたこの作品は、ベルギーの象徴主義画家フェルナン・クノップフが1891年に手がけたもので、1893年、ミュンヘンの美術展覧会にてクノップフ自身から直接取得され、以来同館の所蔵品となっている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | フェルナン・クノップフ(1858〜1921) |
| 制作年 | 1891年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 72.7×141cm |
| 所蔵 | ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン) |
クリスティーナ・ロセッティの詩から借りた題名
本作の題名は、ラファエル前派の詩人であり画家でもあったダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの妹、クリスティーナ・ロセッティが手がけた詩「誰が私を救うのか」の一節から取られている。クノップフはこの詩をそのまま絵解きしようとしたのではなく、詩が呼び起こす不穏な雰囲気を象徴主義的に再構成しようと試みた。詩は、外の世界の喧騒を締め出すために扉を閉ざしながらも、自分自身という最も逃れがたい重荷からは決して逃れられないという、内なる葛藤を歌っている。1890年代のクノップフは頻繁にイギリスを訪れ、G・F・ワッツやエドワード・バーン=ジョーンズといったラファエル前派の系譜に連なる画家たちと親交を結んでおり、本作にもその影響が色濃く表れている。
発表当時の評価
本作は1892年、前衛芸術家集団「レ・ヴァン(20人展)」で初めて公開された。批評家エミール・ヴェルハーレンはこの作品を評し、他者を捨てて自らを取り戻すという、自ら選び取った孤独のすべてがこの人物のなかに宿っていると述べている。
見どころ

見る者を射抜く、色を失った瞳
女性は棚のような台に肘をつき、組んだ両手に顎を乗せながら、まっすぐにこちらを見つめている。その瞳孔がほとんど色を持たないかのように描かれており、見る者の内側まで見透かすような、不穏な緊張感を生み出している。
眠りの神ヒュプノスの胸像
女性の背後には、白い石膏像が置かれている。これは大英博物館に所蔵されている、こめかみに翼の生えたギリシャの眠りの神ヒュプノスを象った、失われた彫像の断片を写したものだ。クノップフはこの遺物に強く魅了され、自ら何度もこの像を彫刻として制作している。
しおれたユリの花と壊れた金の飾り
台の手前には、しおれかけたオレンジ色のユリの花が描かれ、そこから壊れた金色の飾りが垂れ下がっている。この不完全さを暗示する細部が、画面全体に漂う喪失感を静かに強めている。
空間の整合性をあえて崩した構成
画面には円形の鏡や窓のような要素が配置されているが、それが実際に何を映しているのか、鏡なのか絵なのかは判然としないまま残されている。この意図的に曖昧にされた空間構成が、夢のなかにいるような不安定な感覚を見る者に与えている。
実際に見るには
本作はミュンヘンのノイエ・ピナコテークに所蔵されている。クノップフが同時期に手がけた他の象徴主義的な作品群とあわせて見ることで、彼が孤独や内省という主題にどれほど深く向き合っていたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《私は私自身に扉を閉ざす》はどこで見られますか?
ミュンヘンのノイエ・ピナコテークに所蔵されている。
Q. 題名の由来は何ですか?
クリスティーナ・ロセッティの詩「誰が私を救うのか」の一節から取られている。
Q. 背後の白い胸像は何を表していますか?
ギリシャ神話の眠りの神ヒュプノスを象った像で、大英博物館所蔵の彫像断片を写したものとされている。
Q. この絵はいつ、どこで初めて公開されましたか?
1892年、前衛芸術家集団「レ・ヴァン」の展覧会で公開された。
Q. クノップフはどんな画家でしたか?
ラファエル前派の影響を受けながら、孤独や内省といった主題を独自の象徴主義的な様式で描き続けたベルギーの画家である。
まとめ
《私は私自身に扉を閉ざす》は、外の世界を締め出すことでかえって自分自身という最大の重荷から逃れられなくなるという、詩の一節をそのまま絵画に置き換えた1枚だ。色を失った瞳でこちらを見つめる女性の視線を受け止めていると、扉を閉ざすという行為が、守りであると同時に囚われでもあるのだと気づかされる。
