ホガース《ビール街とジン横丁》とは|一杯の酒が国を左右した時代の風刺画

《ビール街とジン横丁》(1751年)は、イギリスの画家ウィリアム・ホガースによる対をなす銅版画で、大英博物館をはじめ世界各地の美術館・博物館が所蔵する作品です。健康的に賑わう通りと、荒廃しきった路地。この記事では、この二枚の版画がなぜ生まれ、どのようにイギリスの政策そのものを動かしたのかを解説します。

ホガース《ビール街とジン横丁》とは|基本情報

項目内容
作者ウィリアム・ホガース
制作年1751年
技法・素材エッチング・エングレービング(銅版画)
サイズ約38×32cm(版により差異あり)
所蔵大英博物館(ロンドン)、メトロポリタン美術館ほか
ジャンル風刺版画
目的ジン規制法(ジン法1751)の支持

一言でいうと 《ビール街とジン横丁》は、安酒ジンの蔓延という社会問題に対し、法律の制定を後押しするために描かれた、イギリス風刺版画の祖ホガースによる代表的なプロパガンダ作品である。

制作背景|なぜこの作品は生まれたのか

ジン・クレイズという社会問題

18世紀前半のイギリスでは、安価で手に入りやすい蒸留酒ジンが爆発的に流行しました。当時のロンドン、セント・ジャイルズ地区では、住居のおよそ4軒に1軒がジンを扱う店だったとされ、これらの多くは盗品の受け渡しや売春の斡旋所としても機能していました。汚染された水よりも安全で安価だったことも手伝い、貧しい人々の間でジンは急速に広まり、社会不安を招く要因とみなされるようになります。

法律を後押しする一対の版画

ホガースはこの状況を受け、政府が進めようとしていたジン規制法(ジン法1751)を後押しする目的で、《ビール街》と《ジン横丁》という対をなす版画を制作しました。1751年2月、ロンドン・イブニング・ポスト紙で発売が告知され、1枚1シリングで販売されています。ほぼ同時期には、友人であった作家ヘンリー・フィールディングも『近年の強盗増加についての考察』という著作を発表しており、両者は同じ問題意識を共有していました。両画面の下部に添えられた詩は、ホガースの友人であった聖職者ジェームズ・タウンリーが手がけています。

見どころ徹底解説

繁栄する《ビール街》

《ビール街》では、恰幅の良い人々が街角でビールを飲み交わし、看板画家や魚売りの女性たちが健やかに働く様子が描かれています。唯一繁盛していないのが質屋であり、労働と酒、そして豊かさが結びついた理想の街並みが表現されています。ビールはイギリス古来の国民的な飲み物とされ、フランス由来とされたジンとの対比が、ここでは国民性そのものの誇りとしても描かれています。

荒廃する《ジン横丁》

一方の《ジン横丁》では、廃墟のような建物と、酔いつぶれた人々が画面を埋め尽くしています。中でも印象的なのが、鼻煙草を吸うのに気を取られて我が子を落とそうとする母親の姿です。棺桶を売る店、餓死者の埋葬、路上での乱闘、骨を奪い合う人と犬など、破滅的な光景が随所に描き込まれています。画面には「1ペニーで酔える、2ペニーで泥酔できる、藁のベッドは無料」という当時の看板文句そのままの言葉も書き込まれ、ジンがいかに安価で入手できたかを物語っています。

対になってこそ伝わるメッセージ

この二枚は単独ではなく、並べて見られることを前提に構成されています。同じ通りの構図を左右に鏡写しにしたような配置により、ビールとジンという二つの酒がもたらす対照的な結末が、一目で比較できるようになっています。

評価と影響

《ビール街とジン横丁》が発表された直後、実際にジン法1751が制定され、無許可業者への販売禁止や販売免許の制限、輸入ジンへの重税などが定められました。ホガース自身は銀細工師の徒弟として出発し、のちに風刺版画集《娼婦一代記》(1732年)や《放蕩一代記》などの物語連作で名声を確立した画家です。当時のイギリス絵画界において、こうした庶民の生活や社会問題を主題にした作品は異例であり、王立芸術院初代会長ジョシュア・レノルズからは「低俗」と評されたこともありました。しかしホガースの風刺画は広く大衆に親しまれ、「イギリス風刺画の祖」と呼ばれる存在になっています。

実際に見るには

大英博物館をはじめ、メトロポリタン美術館、ロイヤル・アカデミー、スコットランド国立美術館など、世界各地の美術館・博物館が版画を所蔵しています。原版の銅板は現在メトロポリタン美術館が保管しています。訪問前には各館の公式サイトで展示状況を確認することをおすすめします。

よくある誤解

誤解①「一枚の絵画作品」→ 対をなす二枚の版画

《ビール街とジン横丁》は、単一の絵画作品ではなく、それぞれ独立した銅版画として発表された二枚一組の作品です。両者は並べて鑑賞されることを前提に構成されており、片方だけでは意図された対比が成立しません。

誤解②「単なる道徳的説教にすぎない」→ 実際の立法を後押しした社会的プロパガンダ

酒の善悪を説いた道徳画のように見えますが、実際にはジン法1751という具体的な法律の成立を後押しする目的で制作された、きわめて実践的なプロパガンダ作品です。発表直後に法律が制定されたことからも、当時の社会的影響力の大きさがうかがえます。

FAQ

Q. 何が描かれていますか?
A. 健康的で活気ある《ビール街》の様子と、酒に溺れて荒廃しきった《ジン横丁》の様子を対比的に描いた、一対の版画です。

Q. 作者はどんな画家ですか?
A. ウィリアム・ホガース(1697〜1764)。銀細工師として出発し、のちに《娼婦一代記》などの物語連作で名声を確立した、イギリス風刺画の祖とされる画家です。

Q. なぜこの版画が作られたのですか?
A. 当時イギリスで社会問題となっていた安酒ジンの蔓延を受け、政府が進めようとしていたジン規制法(ジン法1751)を後押しするために制作されました。

Q. どこで見られますか?
A. 大英博物館やメトロポリタン美術館など、世界各地の美術館・博物館が所蔵しています。訪問前に各館の公式サイトで展示状況を確認することをおすすめします。

まとめ

《ビール街とジン横丁》は、一枚の風刺画が実際の立法を後押しした稀有な例として、美術と社会が交差する地点を示す作品です。繁栄と荒廃という極端な対比の奥には、貧困と酒がどのように結びつき、社会を蝕んでいったかという、18世紀ロンドンの現実そのものが刻まれています。

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