前の男の肩に手を置きながら、目隠しをされた兵士たちが一列になって歩いています。その足元には、すでに倒れ込んだ大勢の負傷者が横たわっています。《毒ガスをあびて》(1919年)は、アメリカ出身の画家ジョン・シンガー・サージェントによる油彩画で、ロンドンの帝国戦争博物館(IWM)が所蔵しています。優雅な肖像画で名を馳せたサージェントが、62歳にして初めて手がけた戦争画は、彼自身が最前線近くで目撃した光景をもとにしています。
基本情報
作者:ジョン・シンガー・サージェント(1856〜1925)
制作年:1918〜1919年(1919年3月完成)
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約231×611cm(IWM所蔵作品の中で最大)
所蔵:帝国戦争博物館(IWM、ロンドン)
依頼主:イギリス政府戦争記念委員会(BWMC)
一言でいうと
《毒ガスをあびて》は、1918年8月、西部戦線で起きたマスタードガス(イペリット)攻撃の直後、目を負傷し包帯を巻かれた兵士たちが、前の兵士の肩に手を置きながら手当所へと向かう行列を描いた作品です。その周囲には、すでに地に伏した多くの負傷兵たちの姿があり、背景では何事もなかったかのようにサッカーの試合が続けられています。
制作背景
サージェントは1918年夏、62歳という年齢で、イギリス政府の公式従軍画家としてフランスとベルギーへ渡りました。当初、戦争記念委員会から与えられていた主題への着手をなかなか進められずにいたサージェントでしたが、同年8月、アラスからドゥーラン方面への道沿い、ル・バク=デュ=シュド付近で、実際にマスタードガス攻撃の惨状を目の当たりにします。バイユルヴァルという小さな村の手当所では、ガスによって視力を奪われた大勢のイギリス兵が治療を待っていました。この光景を目撃したことで、サージェントは委員会を説得し、当初予定されていた主題を変更して、この場面を描くことになりました。
制作は1918年から19年にかけて、ロンドン・フラム地区のサージェントのアトリエで行われ、1919年3月に完成しています。
見どころ

目の見えない者が目の見えない者を導く
包帯で目を覆われた兵士たちが、前の者の肩に手をかけながら一列になって進む構図は、ピーテル・ブリューゲル(父)の《盲人の寓話》(1568年)を思わせます。この「盲人が盲人を導く」という古い図像が、兵士たちの連帯と、同時に彼らが置かれた絶望的な状況の両方を物語っています。
静と動の対比
画面には、まだ歩ける負傷兵たちの行列と、すでに地に倒れ込んだ多くの兵士たちとが同居しています。この対比は、彫刻家ロダンの《カレーの市民》の群像表現にも通じると指摘されており、画家パオロ・ウッチェロの三連画《サン・ロマーノの戦い》からも構図上の着想を得ていると考えられています。
続けられるサッカーの試合
画面の奥では、負傷兵たちの惨状をよそに、サッカーの試合が続けられている様子が小さく描かれています。この細部は、こうした光景が最前線ではもはや珍しいものではなく、日常の一部になってしまっていたことを静かに物語っています。
評価と受容
《毒ガスをあびて》は1919年、ロンドンのロイヤル・アカデミーで初めて公開され、同アカデミーの「今年の絵」に選出されました。ウィンストン・チャーチルはこの作品を高く評価しましたが、一方で作家のE・M・フォースターとヴァージニア・ウルフは、この絵を「素朴なまでに愛国的だ」と批判しています。当初この絵は、戦争の記憶を称える国立の「追悼の間」の中心作品として構想されていましたが、この施設は結局実現に至らず、この絵をはじめとする関連作品群は帝国戦争博物館の所蔵となりました。今日、この絵はIWM所蔵作品の中で最大のものであり、1919年の発表以来、ほぼ絶えることなく展示され続けています。
よくある誤解
誤解①「サージェントは戦争画を専門とする画家だった」→ 実際はもともと肖像画や水彩画で名声を築いていた
この絵の存在感から戦争画家として知られていたと思われがちですが、実際にはサージェントは上流社会の肖像画や、光あふれる水彩画で高く評価されていた画家であり、この作品は彼にとって異例の主題への挑戦でした。
誤解②「この絵は想像上の場面を再構成したものである」→ 実際は画家自身が実際に目撃した光景に基づいている
劇的な構図から演出された場面のように見えますが、実際には1918年8月、アラス近郊で実際にサージェント自身が目撃した、マスタードガス攻撃の惨状がそのまま題材になっています。
FAQ
Q. 《毒ガスをあびて》とはどんな作品ですか?
A. サージェントが1919年に完成させた油彩画で、マスタードガス攻撃によって目を負傷したイギリス兵たちが、手当所へと導かれていく様子を描いています。帝国戦争博物館が所蔵しています。
Q. なぜサージェントはこの主題を描くことになったのですか?
A. 従軍画家として派遣されたフランスで、当初の依頼主題になかなか着手できずにいたところ、実際にマスタードガス攻撃の惨状を目撃したことをきっかけに、委員会を説得して主題を変更しています。
Q. この絵はどのように評価されましたか?
A. ロイヤル・アカデミーの「今年の絵」に選ばれ、ウィンストン・チャーチルからも称賛された一方、作家のE・M・フォースターやヴァージニア・ウルフからは愛国的すぎると批判されました。
Q. 《毒ガスをあびて》はどこで見られますか?
A. イギリス・ロンドンの帝国戦争博物館が所蔵しています。
まとめ
優雅な肖像画で名声を築いた62歳の画家が、最前線近くで目にした光景をこれほどの規模で描き切ったという事実そのものが、この絵の重みを物語っています。称賛と批判が同時に寄せられたこの作品は、100年以上経った今も、戦争を記録するとはどういうことかという問いを、静かに、しかし力強く投げかけ続けています。
