《レスラーたち》とは|エイキンズが追求した写実主義を徹底解説

《レスラーたち》(英:Wrestlers)は、アメリカの画家トーマス・エイキンズが1899年に手がけた油彩画で、現在はロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)に所蔵されています。薄暗い運動場のなかで組み合う2人のレスラーを描いたこの作品は、19世紀アメリカ写実主義を代表する画家エイキンズが、解剖学的な正確さを徹底して追求した成果を示す一枚です。この記事では、この絵がどのような制作姿勢のもとで生まれ、同時期にどのような関連作品が手がけられたのかを見ていきます。

目次

《レスラーたち》とは — 基本情報

項目内容
作者トーマス・エイキンズ(1844〜1916)
制作年1899年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ約122.9×152.4cm
所蔵ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)
様式写実主義(アメリカン・リアリズム)

一言でいうと

《レスラーたち》は、実際に組み合う2人の男性の身体を、科学的な観察に基づいた正確さで描き出した作品です。印象派の画家たちと同じく一瞬の動きをとらえながらも、エイキンズはそれをあくまでアカデミックで客観的な様式によって記録しようとしました。

制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

科学的な正確さを求めた画家

エイキンズは19世紀アメリカを代表する写実主義の画家であり、世界をありのまま、飾り立てることなく自然に表現しようとする姿勢を貫いていました。彼は、芸術には科学的な知識が不可欠だと考えており、科学こそが芸術家に客観性を捉えさせる手段だと信じていました。この信念に基づき、解剖学的な正確さを実現するために実際のモデルを用いて制作するという方法を、生涯を通じて推し進めています。

運動競技への回帰

1887年以降、エイキンズはほぼ肖像画のみに専念する時期が続いていました。しかし1898年から1899年にかけて、1870年代以来久しぶりに運動競技という主題へと立ち返っています。かつてボート漕ぎの選手を描いた作品群で知られていたエイキンズにとって、ボクシングやレスリングという主題への回帰は、当時の美術界にあってきわめて挑戦的な選択でした。批評家からの積極的な支持は限られていたものの、人間の身体を正確に描き出すという一貫した探求姿勢は、彼に美術史のなかで確固たる地位をもたらすことになります。

見どころ徹底解説

組み合う2人の肉体

画面手前には、ほぼ裸の若い男性2人が「クロッチ・ホールド」と呼ばれる体勢で床に組み合う様子が描かれています。しなやかな身体をねじらせながら互いに力を競い合う2人の肉体には、日差しが揺らめくように差し込み、陰影を落としています。エイキンズはこの一瞬の動きを、印象派のように光の効果として捉えるのではなく、あくまで学究的で客観的な観察眼によって描き切っています。

背景に配された脇役たち

画面左奥には、ボート漕ぎのトレーニング機器に向かう別の選手の姿が小さく描かれています。また画面右手の中景には、顔の見えないもう一人の選手とそのコーチが並んで立ち、手前の2人のレスラーを指さしながら、これから待ち受ける対戦について話し合っている様子が描かれています。中心の格闘場面を取り囲むこうした周辺人物の存在が、単なる肉体描写を超えた、運動場という場の空気感を伝えています。

3点存在する関連作品

本作には密接に関連する3つのバージョンが存在します。完成作(ゴードリッチ目録第317番)と、その油彩習作(第318番)はともにLACMAに所蔵されており、わずかに小さい未完成のバージョン(第319番)はフィラデルフィア美術館に所蔵されています。同じ主題を複数の段階に分けて練り上げていく制作方法からは、エイキンズがこの一場面にどれほど時間をかけて向き合っていたかがうかがえます。

同時期の関連作品《ラウンド間》

同じ1899年、エイキンズはボクシングの試合の合間に休むボクサーを描いた《ラウンド間》も手がけています。この作品もフィラデルフィア美術館に所蔵されており、レスリングとボクシングという2つの格闘技を通じて、エイキンズがこの時期に人間の肉体をどのように見つめ直していたかを伝える重要な作品群を形成しています。

実際に見るには

本作はアメリカ・ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)に所蔵されています。未完成の別バージョンはフィラデルフィア美術館に所蔵されており、あわせて見比べることで、エイキンズが完成作に至るまでどのような試行錯誤を重ねていたかを知ることができます。

よくある誤解

本作はしばしば「単なるスポーツの一場面を写し取った絵」として片づけられがちですが、実際にはエイキンズが生涯を通じて追求した、科学的な観察に基づく人体表現の集大成という側面を持っています。当時のエイキンズは、裸体モデルを用いた指導方針をめぐって美術学校を追われるほどの論争の渦中にあった人物でもあり、その執拗なまでの写実へのこだわりを踏まえて本作を見ると、また違った重みが伝わってきます。

FAQ

Q. 《レスラーたち》はどこに所蔵されていますか?
完成作はロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)に、わずかに小さい未完成のバージョンはフィラデルフィア美術館に所蔵されています。

Q. エイキンズはなぜこの時期に運動競技を主題に選んだのですか?
1887年以降ほぼ肖像画に専念していたエイキンズが、1898年から1899年にかけて久しぶりに運動競技という主題に立ち返ったためです。

Q. 画面の背景に描かれている人物たちは何をしていますか?
奥ではボート漕ぎの選手がトレーニングをし、右手では別の選手とコーチが手前のレスラーたちを見ながら話し合っています。

Q. 同じ時期に手がけられた関連作品はありますか?
同じ1899年に制作された、ボクサーを描いた《ラウンド間》がフィラデルフィア美術館に所蔵されています。

Q. エイキンズはどのような制作姿勢で知られていますか?
科学的な知識を芸術の前提と考え、解剖学的な正確さを追求するため実際のモデルを用いて制作する姿勢で知られています。

まとめ

《レスラーたち》は、組み合う2人の肉体を科学的な観察眼で描き出すことで、エイキンズが生涯貫いた写実主義の理念を体現した作品です。3点にわたる関連バージョンの存在からは、彼がこの一つの場面にどれほど粘り強く向き合い続けていたかが浮かび上がってきます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次