フォンテーヌブローのナポレオンとは|ドラローシュが描いた「まだ退位していない」皇帝

椅子に深く座り込み、うつむき加減に虚空を見つめる1人の男。フランスの画家ポール・ドラローシュが1840年に手がけたこの油彩画は、《フォンテーヌブローのナポレオン(仏:Napoléon Ier à Fontainebleau、英:Napoleon at Fontainebleau)》と呼ばれ、皇帝ナポレオンの没落を描いた作品として広く知られている。だが実は、この絵が描いているのは、しばしば言われるような「退位した後」の場面ではない。

基本情報

項目内容
作者ポール・ドラローシュ(1797〜1856)
制作年1840年(複数のヴァージョンが存在)
技法・素材油彩・カンヴァス
所蔵ライプツィヒ造形美術館、パリ軍事博物館、英国王室コレクションほか複数

「遺骸の帰還」と同じ年に描かれた1枚

本作は1840年、いわゆる「遺骸の帰還(ルトゥール・デ・サンドル)」、すなわちセントヘレナ島に眠っていたナポレオンの遺体がフランスへ帰還した、まさにその年に描かれている。ドラローシュ自身はワーテルローの戦いの当時まだほとんど子どもだったにもかかわらず、当時ナポレオンを実際に見た人々からも「本人を前にして描いたとしか思えない」と評されるほどの真に迫った肖像を残したとされている。本作の評判の高さから、彼自身の手によって複数のヴァージョンが描かれ、現在ライプツィヒの造形美術館やパリの軍事博物館、英国王室コレクションなど、複数の所蔵先に分かれている。

退位の「その日」ではなく「その前夜」

本作はしばしば、1814年のナポレオンの第一次退位を描いた場面として紹介される。しかし実際にこの絵が捉えているのは、彼が正式に退位を宣言する数日前、パリ陥落の報を受けて自らの運命が決定的に傾いたことを悟った、まさにその瞬間だとされている。ナポレオンの秘書ブーリエンヌの回想録には、1814年3月31日の夜、パリ脱出後の彼がフォンテーヌブロー宮殿に到着し、大広間を開けさせることもせず、お気に入りの小部屋に閉じこもって1人きりで過ごしたという記述が残されている。ドラローシュが構図を練るにあたって参照したとされる資料の1つには、この回想録の一節を書き写した紙片も含まれていたことが分かっている。

なお、ナポレオンの座り姿のポーズについては、当時すでに出版されていた歴史書の挿絵、具体的にはラフェの絵をもとにしたビュルデの石版画や、オラース・ヴェルネの「フォンテーヌブローにおけるナポレオン1世の第一次退位」を木版化したルートレルの挿絵から着想を得たのではないかと指摘されている。

見どころ

だらしなく着崩された近衛騎兵の軍服

ナポレオンは、近衛猟騎兵連隊長の軍服の上に、灰色の外套を無造作に羽織った姿で描かれている。ボタンを外したままの胸元や着崩れた様子が、常に威厳を保ってきた皇帝としては珍しい、無防備な人間の姿を露わにしている。

泥で汚れたブーツと床に転がる帽子

椅子に座る足元には、泥で汚れたブーツが投げ出すように描かれ、床には彼の帽子が無造作に転がっている。戦場から戻ったばかりであることを示すこうした細部が、室内の落ち着いた雰囲気とは裏腹の緊迫感を静かに漂わせている。

豪奢な室内装飾との対比

ナポレオンが座る部屋は、深紅の垂れ幕や金の装飾が施された豪華な調度で満たされている。この贅を尽くした室内と、そこに崩れ落ちるように座る皇帝の疲弊した姿との対比が、本作最大の見どころとなっている。

うつむき、宙を見つめる表情

ナポレオンの表情には、怒りとも諦めともつかない、複雑な感情が浮かんでいる。まだ退位を宣言してすらいないこの瞬間に、すでに運命の帰結を悟ってしまったかのようなその眼差しが、本作に強い心理的な緊張感を与えている。

実際に見るには

本作にはドラローシュ自身の手による複数のヴァージョンが存在し、ライプツィヒの造形美術館やパリの軍事博物館、英国王室コレクションなど、それぞれ異なる所蔵先で見ることができる。同じ構図でありながら細部に違いのあるこれらのヴァージョンを見比べることで、ドラローシュがこの主題にどれほどこだわり続けたかがうかがえる。

FAQ

Q. 《フォンテーヌブローのナポレオン》はどこで見られますか?
ライプツィヒの造形美術館やパリの軍事博物館、英国王室コレクションなど、複数のヴァージョンがそれぞれ異なる場所に所蔵されている。

Q. この絵はいつの場面を描いていますか?
1814年3月31日夜、ナポレオンが正式に退位を宣言する数日前、フォンテーヌブロー宮殿の小部屋に1人閉じこもっていた場面とされている。

Q. なぜ複数のヴァージョンが存在するのですか?
最初の1840年版が高く評価されたことを受け、ドラローシュ自身の手で複数の依頼主向けに描き直されたためである。

Q. ドラローシュはどんな画家でしたか?
イギリスやフランスの歴史的場面を主題とし、英雄を理想化せず人間味あふれる姿で描いたことで知られるフランスの歴史画家である。

Q. ポーズの着想はどこから来ていますか?
当時出版されていた歴史書の挿絵、とりわけラフェやオラース・ヴェルネによる図版を参考にしたとされている。

まとめ

《フォンテーヌブローのナポレオン》は、正式な退位を宣言する前、自らの運命の転換をすでに悟ってしまった皇帝の姿を描いた1枚だ。泥にまみれたブーツと着崩れた軍服、そして豪奢な室内との対比が、栄光の絶頂から転落しつつある1人の人間の、静かで重い疲弊をこれ以上なく際立たせている。

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