『焼き場に立つ少年』とは|弟を背負い、火葬の順番を待つ少年を写した、長崎の一枚

『焼き場に立つ少年』は、原爆投下後の長崎で撮影されたとされる、一枚の写真です。裸足の少年が、直立不動で、前を見据えています。背には、目を閉じた幼い子が、首をのけぞらせるようにして負われています。撮影したのは、アメリカ海兵隊の従軍カメラマン、ジョー・オダネルです。数十年のあいだ封印されていた写真は、やがて世界に知られ、2017年には、ローマ教皇フランシスコが、戦争の悲惨さを訴えるカードに用いました。

基本情報

撮影者はジョー・オダネル(1922〜2007)、撮影地は長崎、撮影時期は、原爆投下から2か月ほどのちの、1945年10月と考えられています。被写体は、約10歳とみられる少年で、死んだ弟を背負い、火葬の順番を待っていたとされます。写真の題は、英語では「The Boy Standing by the Crematory」(焼き場に立つ少年)と呼ばれます。

写真に写っているもの

画面の中央には、半袖の上着に、半ズボンをはいた少年が、まっすぐ立っています。上着には、黒い帯が、斜めに交差して、背中の子を支えていることが分かります。両腕は、体の脇に伸ばされ、指先まで、ぴんと張られています。足は、裸足です。口は、固く結ばれ、視線は、画面の右手へ、じっと向けられています。

背負われた幼い子は、頭を後ろへ傾け、目を閉じています。眠っているようにも見えますが、オダネルの証言では、すでに亡くなっていました。少年の右手前には、白い石の柱が、見えています。背景は、暗い草地と空で、周囲には、ほかの人の姿は写っていません。

オダネルの証言

オダネルは、のちに、この場面を、次のように語っています(要約)。10歳くらいの少年が、赤ん坊を背負って、通りかかった。当時の日本では、子供が、弟や妹を背負って遊ぶ姿が、珍しくなかったが、この少年は、はっきり違っていた。少年は、何か重大な用事で、この場所に来たのだと分かった。靴はなく、顔はこわばり、背中の子の頭は、眠っているように、後ろへ傾いていた。少年は、5分か10分、そこに立っていた。

やがて、白いマスクをつけた男たちが、少年のそばへ来て、赤ん坊を背負う縄を、静かにほどいた。そのとき、赤ん坊が、すでに死んでいることに、気づいた。男たちは、遺体を、手足を持って、火の上に置いた。少年は、動かずに、炎を見つめていた。下唇を、血で光るほどに噛みしめていた。炎が、日の沈むように、低くなると、少年は、向きを変え、黙って去っていった。

封印された写真

オダネルは、戦後、日本各地で撮影した写真を、トランクにしまい、長く封印していました。1989年に、巡回展と写真集の準備を始め、1995年には、日本で『トランクの中の日本』(原題「Japan 1945, Images from the Trunk」)が刊行されました。アメリカでは、2005年に、ヴァンダービルト大学出版局から、『Japan 1945: A U.S. Marine’s Photographs from Ground Zero』が出版されています。

オダネルは、1945年8月28日に、日本へ入った、最初期の部隊の一員でした。2007年の8月9日、長崎への原爆投下の日に、亡くなりました。

少年は誰か

少年の名前は、今も分かっていません。長崎の被爆者、深堀好敏は、1979年から、原爆の直後の写真を集め始め、この少年の素性を探しましたが、突き止められませんでした。同じく被爆者の村岡昌憲は、少年が、幼いころの遊び仲間だったと感じ、被爆後に、弟を背負った少年に会い、「お母さんはここにいない」と聞いたと語りました。村岡は、独自に調査を続けましたが、見つけることはできませんでした。

2020年8月に、NHKが、50分のドキュメンタリー『「焼き場に立つ少年」をさがして』を放送しました。番組では、医療の専門家が、少年の鼻や目の脇に、出血の跡があるように見えると指摘し、放射線による障害の可能性を示しました。この写真は、原爆孤児たちの経験と、あわせて語られました。

論点

この写真には、いくつかの未確定の点があります。撮影日は、1945年10月6日か7日頃と推定する説があります。場所は、長崎本線の道ノ尾駅近くの踏切だった可能性が、指摘されています。また、記録作家の石飛仁は、公表されている図が、実際の撮影時の左右を反転させた「裏焼き」だと主張しています。少年の服の特徴などが、その根拠とされますが、確定した見解ではありません。

教皇フランシスコとカード

2017年12月30日、教皇フランシスコは、この写真をカードに印刷して配布するよう、指示しました。カードの裏には、教皇の署名とともに、「戦争がもたらすもの(戦争の実り)」という言葉が記され、写真の説明が添えられています。説明文には、少年の悲しみが、血のにじむほど噛みしめた唇だけで表されている、という趣旨の記述があります。2018年1月には、教皇は、チリへ向かう機内で、同行の記者に、このカードを配りました。

まとめ

『焼き場に立つ少年』は、一人の少年の姿を通して、戦争が、子供たちに何をもたらしたのかを、静かに伝える写真です。少年の名前も、その後の人生も、分かっていません。それでも、噛みしめた唇と、ぴんと伸ばした指先は、見る者に、言葉にならない問いを、今も投げかけています。

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