ゴーギャン《黄色いキリスト》とは|ブルターニュの秋の野に立つ、黄色い十字架像

《黄色いキリスト》(1889年)は、ポール・ゴーギャンが、フランス北西部のブルターニュ地方、ポン=タヴァンで描いた、宗教画です。画面の中央に、黄色い体のキリストが、茶色い十字架にかけられて、腕を大きく広げています。その足もとには、白い帽子をかぶった、ブルターニュの農婦たちが座り、背景には、赤く染まった木々と、黄色い丘が、広がります。十字架の磔刑が、19世紀のブルターニュの景色の中に、置かれた作品です。アメリカのバッファローAKG美術館(旧オルブライト=ノックス美術館)が所蔵しています。

基本情報

作者はポール・ゴーギャン(1848〜1903)、制作年は1889年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは、バッファローAKG美術館の記録で、縦92.1×横73.3cm(36 1/4×28 7/8インチ)です。画面の右下には、「P Gauguin 89」と、署名があります。原題は、「Le Christ jaune」です。

制作の背景

1886年から、ゴーギャンは、しばしば、ブルターニュのポン=タヴァンに滞在しました。1888年には、アルルで、ファン・ゴッホと短い共同生活を送り、1889年は、パリ万国博覧会を見るために、パリを訪れた期間を除いて、多くを、ポン=タヴァンで過ごしました。この絵は、パリから戻った直後に描かれたとされます(日本語版ウィキペディア)。

中央のキリスト像は、ポン=タヴァンに近い、トレマロ礼拝堂にある、17世紀の、作者不明の、彩色木彫の十字架像をもとにしていると、バッファローAKG美術館は説明しています。実在の礼拝堂の像を、ゴーギャンが、写し取り、鮮やかな色と平らな形に、置き換えた作品です。

見どころ|黄色と、秋の色

中央のキリストは、全身が、淡く明るい黄色で、まぶたを閉じ、頭を、わずかに右へ傾けています。長い髪と、顎ひげが、顔のまわりを縁取り、両腕は、水平に、まっすぐ伸ばされています。腰には、白い布が巻かれています。体の輪郭は、青緑の線で、はっきりと縁取られ、陰影は、ほとんど、描かれていません。

背後の十字架は、赤褐色で、平らに塗られています。画面の中ほどには、赤、橙、茶色の葉をつけた、丸い形の木々が、点在し、黄色い草地が、丘へ続きます。遠くには、尖塔のある、小さな教会と、屋根の並ぶ村があり、道端の石の上には、小さな人影が、腰かけています。

手前の左側には、白い帽子をかぶり、濃紺の服を着た、ブルターニュの農婦たちが、座っています。右下では、ピンク色の帽子をかぶった女性が、背を向けています。ゴーギャンは、輪郭を太い線で区切り、陰影は、女性たちにだけ、与えています。

「幻視」としての磔刑

ゴーギャンは、前の年(1888年)に、《説教のあとの幻影》(スコットランド国立美術館)を描いています。それと並び、《黄色いキリスト》は、ブルターニュの農民の信仰を主題にした、象徴的な作品とされます。女性たちが、祈るなかに、キリストの像が、立ち現れるように見え、現実の風景と、幻想が、ひとつの画面に重なります。ただし、この絵が、女性たちの幻視を表すのか、画家自身の内面を表すのかは、解釈が分かれます。日本のウェブサイトは、画家自身の内面の心象と考える説を紹介しています。

関連する作品

ゴーギャンは、この絵を、のちの自画像《黄色いキリストのある自画像》(1890〜91年、オルセー美術館)の背景に、反転した形で、描いています。同じ年に描かれた、《緑のキリスト(ブルターニュのカルヴァリオ)》は、同じ象徴的な様式の作品です。

また、エミール・ベルナールは、この絵を見て、自分の作品の盗用だと、述べたと伝えられます(個人サイトによる)。

来歴

バッファローAKG美術館の記録によると、この絵は、画家の手から、友人の画家エミール・シュフネッケルを経て、画家で実業家のギュスターヴ・フェイエに渡りました。1928年には、パリの美術商ポール・ローゼンバーグの所有となりました。1940年に、第二次世界大戦中のドイツ軍に没収され、1945年または46年に、ローゼンバーグに返還されたのち、1946年7月22日に、オルブライト美術館(当時)が、購入しました。

まとめ

《黄色いキリスト》は、ブルターニュの秋の色彩のなかで、磔刑の場面を、静かに描いた作品です。黄色いキリストと、地方の衣装の農婦たちが、同じ画面に並ぶことで、遠い聖書の物語が、すぐ近くの景色に、置かれています。ゴーギャンは、現実を写すのではなく、色と線の力で、信仰の姿を、描き出しました。

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