モディリアーニ《若い農夫》とは|南仏で出会った青年を描いた、赤い背景の肖像

《若い農夫》(1918年頃)は、アメデオ・モディリアーニが、南仏に滞在していたころに描いた、青年の肖像画です。赤褐色の背景に、白いシャツと黒いチョッキを着た、細面の青年が、わずかに首を傾けて、こちらを見ています。モディリアーニの人物像に特有の、細長い首と、なだらかな肩、瞳のないアーモンド形の目が、静かな画面をつくります。東京のアーティゾン美術館が所蔵しています。

基本情報

作者はアメデオ・モディリアーニ(1884〜1920)、制作年は1918年頃です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは、縦73.4×横50.3cm(美術評論サイト『artscape』の記載)です。石橋財団アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)に所蔵されています。

制作の背景|南仏での日々

モディリアーニは、フィレンツェやヴェネツィアの美術学校で学んだのち、パリに出て、はじめは、ブランクーシの影響のもと、彫刻に励みましたが、貧困と健康上の理由で、絵画に専念するようになりました。作品の大半は、人物像で、少し傾いた頭部、アーモンド形の目、丸みのある細長い体といった、独特の形が、特徴です。

アーティゾン美術館は、この作品について、転地療養のために、南仏に滞在したモディリアーニが、現地で出会った農夫をモデルに描いたものと思われると解説しています。1918年には、第一次世界大戦のさなかのパリを離れ、画家は、恋人のジャンヌ・エビュテルヌと、南仏で暮らしていました。この時期に、モディリアーニは、現地で出会った農夫や、働く少年、少女などを、いくつも描いています。

見どころ|赤い背景と、白と黒

画面の中央には、薄い茶色の髪を、横に分けた青年が、立っています。顔は、卵形に長く、鼻は、細く、まっすぐ伸び、小さな口は、薄い赤色で、軽く結ばれています。目は、淡い青色で、瞳が描かれず、虚ろにも、静かにも見えます。首は、長く、肩は、なだらかに、下へ落ちています。

衣服は、襟のない白いゆったりしたシャツの上に、黒いチョッキを着ています。袖は、ゆるやかにまくり上げられ、前腕を、画面の下に預けています。背景は、赤、橙、暗い赤褐色の絵の具を、縦に重ねたもので、カーテンのようにも見え、人物の肌の黄色と、シャツの白を、引き立てています。

アーティゾン美術館は、「独特な人体表現の中に、モデルの内面性も塗り込められているようです」と述べています。美術評論家の島本英明は、artscapeの記事で、モディリアーニの人物画が、感情的な表現よりも、フォルムそのものを描くことに向かっており、この作品も、その例だと指摘しています(日本語の記述の要約)。

同じ時期の、働く人々の肖像

モディリアーニは、この時期、名前の分からない、若い労働者や農夫を、いくつも描いています。ロンドンのテート・モダンの《小さな農夫》(1918年頃)や、パリのオランジュリー美術館の《若い奉公人》(1918年)は、同じ時期の作品で、題名も似ていますが、別の作品です。

来歴

日本の複製画の販売サイトは、この作品が、かつて、画商ポール・ギヨームの所蔵だったと紹介しています(根拠は、確認できていません)。ギヨームは、モディリアーニの重要な支援者の一人でした。

まとめ

《若い農夫》は、モディリアーニの代表的な形式を、南仏の農夫という、飾らない題材に当てはめた作品です。顔の形と、赤い背景の色が、画面全体の、静かな緊張をつくり、見る者は、モデルの名前も、人生も知らないまま、その視線に向き合うことになります。

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