《売春宿(ル・リュパナール)》(1888年)は、フィンセント・ファン・ゴッホが、アルルで描いた小さな油彩画です。緑の壁の部屋で、丸いテーブルを囲み、黄色いドレスの女、桃色の服の女、山高帽の男たちが、それぞれの姿勢で座っています。奥では、一組の男女が、体を寄せ合っています。ゴッホが、実際に見た光景ではなく、記憶と想像で組み立てた、珍しい作品です。
基本情報
作者はフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)、制作年は1888年10月、制作地はアルルです。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦33×横41cm。アメリカ、ペンシルベニア州のバーンズ財団(収蔵番号BF104)に所蔵されています。作品番号はF478、JH1599です。原題の「Le Lupanar」は、フランス語で「娼家」を意味する言葉です。
制作背景|ベルナールの素描から
ゴッホは、1888年、若い画家エミール・ベルナールと、手紙と素描を、盛んにやりとりしていました。ベルナールは、売春をテーマにした素描を、何度もゴッホに送っています。娼家の場面を、風刺的に描いたもので、1888年6月23日に届いた《娼家の場面》も、その一つでした。
ゴッホは、娼婦という主題を、現代の画家が扱うべき題材として重んじていました。彼は、1888年8月頃、ベルナールに宛てた手紙で、娼婦に対しては、同情よりも共感を抱いていると書いています。社会から追放された存在という点で、芸術家と娼婦は同じ立場にあり、娼婦は、自分たちの友であり姉妹でもある、という趣旨です。また、社会を、研究し、分析することは、道徳を説くことよりも、多くを語る、とも述べています。
しかし、ゴッホは、実際の娼婦をモデルにして描く資金がありませんでした。ファン・ゴッホ美術館の研究者ヨースト・ファン・デル・ホーフェンは、ベルナールが、想像による娼家の素描を送り続けたことに促されて、ゴッホが、想像で、同様の場面を、二度、描こうとしたと説明しています。最初の作品は、現在、所在が分かっていません。二作目が、本作です。
ゴッホは、1888年10月10日付で、弟テオに、「ベルナールのために、記憶をたよりに、娼家の習作を描いている」という趣旨の手紙を書いています。
見どころ|緑の部屋と、人々

画面は、緑色の壁と、茶色がかった赤の床で構成されています。壁には、縦の筆の線で、壁紙の模様が描かれ、左上には、黄色いランプが、明るく灯っています。その横の壁には、額に入った絵が、二つ、かかっています。
左の手前では、黄色いドレスの女が、黒い髪を肩に垂らし、目を閉じて座っています。赤い唇と、物憂げな表情が、目を引きます。その隣では、赤みを帯びた服の女が、体をかがめています。
中央には、丸いテーブルがあり、緑色の脚つきのグラスが、いくつか並んでいます。手前には、桃色の服をまとった女が、こちらに背を向けて座り、その向かいには、黒い山高帽をかぶり、暗い色の上着を着た男が、グラスを手にしています。二人の距離は、近く、ファン・ゴッホ美術館は、この場面を、娼婦と客のあいだの、気軽で、いたずらっぽいやりとりと説明しています。
テーブルの奥には、さらに二人の人物が座り、そのうちの一人は、赤い頭巾のようなものをかぶっています。右の奥では、赤橙色のドレスの女が、暗い服の男と、体を寄せ合っています。足もとには、小さな腰かけが見えます。
想像で描いた作品
ファン・ゴッホ美術館の解説によれば、ゴッホは、この作品の着想を、ほとんどすべて、ベルナールの《娼家の場面》と、ルイ・アンクタンが1886年に描いた《ル・ミルリトン》から得ています。ゴッホは、この二作目の作品を、ベルナールには見せなかったとされます。出来栄えに、満足できなかったためかもしれません。
ゴッホは、現実を見て描く画家でした。想像だけで描くことに、不安を感じていたと、1888年4月の手紙で、ベルナールに、打ち明けています。この絵は、その不安を乗り越えようとした、数少ない試みの一つです。
ゴーギャンとの訪問
1888年10月末に、ゴーギャンがアルルに来ると、二人は、娼家を、何度か訪れました。ゴッホとゴーギャンは、11月1日か2日付で、ベルナールに、娼家を何度か訪ねたこと、そこへ制作に通うことになりそうだ、という趣旨の手紙を、共同で送っています。ゴッホは、これを、現実の場面を描く機会と考えましたが、娼家での制作は、結局、実現しませんでした。一方、ゴーギャンは、その後、想像で、娼家の場面を描いています。
まとめ
《売春宿》は、ゴッホが、友人との議論に促されて、想像のなかで描いた、唯一の娼家の場面とされます。大きさも小さく、筆づかいも粗い画面ですが、そこには、時代の道徳に対する、ゴッホの共感のまなざしと、現実から離れることへの不安が、同時に表れています。

