ゴーギャン《悪魔の言葉》とは|エデンの園のイヴを、タヒチの森に置く

《悪魔の言葉》(1892年)は、ポール・ゴーギャンが、最初のタヒチ滞在中に描いた油彩画です。暗い緑の森を背に、裸の若い女が立ち、その後ろで、仮面のような顔の人物が、青い衣をまとってひざまずいています。タヒチの風景と、聖書のイヴの図像が重なったこの作品は、ゴーギャンのタヒチ時代でも、とりわけ解釈の難しい一枚です。

基本情報

作者はポール・ゴーギャン(1848〜1903)、制作年は1892年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦91.7×横68.5cm。アメリカ、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されています(収蔵番号1972.9.12)。署名と年号、そしてタヒチ語の題が、画面の左下に、「P Gauguin 92 / Parau na te Varua ino」と書き込まれています。

制作背景|最初のタヒチ滞在

ゴーギャンは、1891年、手つかずの文化があると聞いて、タヒチへ渡りました。しかし、植民地の首都パペーテは、すでに西洋化されており、失望した画家は、島の田舎へ移り住みました。そこで、期待していた熱帯の楽園に近いものを、見出したとされます。

ナショナル・ギャラリーは、ゴーギャンが描いたタヒチが、現地の民間伝承と、ヨーロッパ人が書いた旅行記などの資料を材料にして、そこに西洋文化への言及を重ねたものだと解説しています。1892年にパリへ持ち帰った66点の絵の多くには、ゴーギャンが、タヒチ語の題や伝説を、書き込んでいますが、当時の観客が、それを読み解けた可能性は低かっただろう、とも述べています。

見どころ|立つ女と、ひざまずく人物

画面の右では、長い黒髪の若い女が、まっすぐ立っています。片手を顎のあたりに当て、もう一方の手で、白い布を腰のあたりに持っています。視線は、画面の右側へ流れ、表情は、読み取りにくく、戸惑いにも、疑いにも見えます。肌は、黄土色と茶色の、平らな色面で塗られています。

左の背後には、青い衣を着た人物が、膝を折って座っています。顔は、仮面のように、目が大きく見開かれ、白目の部分が、黄色く強調されています。両手は膝に置かれ、足元には、赤橙色の花が、点々と、散らばっています。

背景では、暗い大きな木の幹が、画面の左上から弧を描き、濃い緑の葉が茂っています。右上には、赤と緑の頭を持つ、不思議な形が見えます。ウィキペディアは、この絵が、《海のほとりに》と同じ、木の根のような形によって、上下に二分され、上半分が緑と黒、下半分が桃色の色調で構成されていると指摘しています。足元の桃色の地面には、橙色の曲線が、のたうつように走っています。

題名の意味

ナショナル・ギャラリーは、タヒチ語の題「Parau na te Varua ino」の意味が、はっきりしないと述べています。「varua ino」は、悪霊や悪魔を意味し、仮面をつけたひざまずく人物を指すと考えられます。「parau」は言葉の意味で、「悪魔の言葉」と訳されます。ウィキペディアは、この人物が、死者の霊を呼び出す存在をさしているのかもしれない、としています。

イヴの姿

ナショナル・ギャラリーは、立つ裸婦のポーズが、中世の聖書のイヴの彫像に由来し、さらに遠く、古典彫刻の「恥じらいのヴィーナス」に由来すると解説しています。原罪、純潔の喪失、西洋の美の概念への迷いなど、多くの意味を、画家が、この絵に盛り込んだと見ています。

個人のブログには、この女性がイヴで、背後の曲線が蛇であり、仮面の人物が、悪魔の化身なのではないか、という読みがあります。聖書の、悪魔がイヴを誘惑する場面を、タヒチに移し替えた、という解釈です。

解釈の難しさ

ナショナル・ギャラリーは、ゴーギャンのタヒチの絵の多くについて、意味が、とらえにくいままだと述べています。この作品も、一つの物語を示すのではなく、さまざまな要素を、一つの画面に重ねたものと見るのが、適切です。

なお、ゴーギャンが、タヒチで描いた女性たちの肖像や、画家と現地の女性との関係については、近年、植民地主義の観点などから、批判的に検討されています。

まとめ

《悪魔の言葉》は、楽園を求めてタヒチに渡った画家が、西洋の聖書の記憶を、南の森のなかに置き直した作品です。立つ女の表情と、仮面の人物の視線のあいだに、画家は、答えを示していません。その曖昧さが、今も、見る者に問いを投げかけています。

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