《アルルのぶどうの収穫(人間の悲惨)》(1888年)は、ポール・ゴーギャンが、アルルでゴッホと暮らしていた時期に描いた油彩画です。赤く盛り上がった葡萄の山を背に、赤毛の女が、両手で頬を押さえ、うつむいて座っています。題は「ぶどうの収穫」ですが、収穫の喜びではなく、人間の悲しみを描いた作品です。しかも、描かれた女たちは、アルルではなく、ブルターニュの女たちでした。
基本情報
作者はポール・ゴーギャン(1848〜1903)、制作年は1888年11月頃です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦73×横92cm。デンマークのコペンハーゲン近郊の、オードロップゴー美術館に所蔵されています。原題は「Vendanges à Arles ou Misères humaines」で、「人間の悲惨」は、「人間の悲劇」「人間の苦悩」などとも訳されます。署名は、画面の右下に、「P Gauguin 88」と入っています。
制作背景|ゴッホとの共同生活のなかで
1888年10月、ゴーギャンは、ゴッホの熱心な誘いを受けて、南仏のアルルへ来ました。二人は、同じ家で暮らしながら、町の周辺を歩き、真っ赤に色づいた葡萄畑も見たとされます。ゴッホは、11月に、その風景を《赤い葡萄畑》に描いています。11月10日付の手紙で、ゴッホは、ゴーギャンが、葡萄を摘む女たちの絵を、仕上げたと、弟のテオに伝えています。
ゴッホは、現実の風景を見て描くことを重んじ、想像で描いた絵は、自分には満足できない、とテオに書いています。一方、ゴーギャンは、見えたものを素材に、記憶や想像を重ねて、画面を組み立てる画家でした。この作品は、その違いが、はっきり現れた例です。
見どころ|想像で描かれた画面

WGA(ウェブ・ギャラリー・オブ・アート)は、この作品が、実際に見た光景ではなく、想像で描かれたことを指摘しています。画面に登場する女たちは、ブルターニュの農婦で、ゴーギャンは、数か月前から、彼女たちを見ていないはずだからです。
画面の中央の背景には、赤く盛り上がった、葡萄の山があります。絵具は、赤、ピンク、青灰色が、厚く重ねられ、ざらついた肌合いを見せています。その上部は、黄土色に染まっています。山の手前には、青みを帯びた白い地面が、波のように広がっています。WGAは、この背景が、水のように扱われ、手前の泡立つような波は、ゴーギャンにとって、女性の性的な放棄を象徴していたと解説しています。
見どころ|三つのグループ
中央の手前には、赤みを帯びた橙色の髪の女が、緑色の塊のうえに座っています。白と淡い青の上着を着て、両手を握って、頬に押し当て、目を細めて、前を見ています。画面の左には、黒い服を着た女が、青い頭巾をかぶって立っています。木靴をはき、前掛けのような布に、手を添えています。彼女は、座る女を、見下ろすように、見つめています。
山の後ろでは、青と黒の衣の二人の女が、白い頭巾をかぶって、体を深く折り曲げ、葡萄を摘んでいます。この二人は、働く人々として描かれ、前景の二人とは、別の世界にいるように見えます。
ゴーギャン自身の言葉
ゴーギャンは、友人への手紙で、この絵について語っています。この絵のなかの、悲しみに暮れる哀れな者は、知性も、優雅さも、自然の恵みも受けられない人間ではなく、一人の女だ。彼女は、頬杖をついて座り、何も考えていないが、太陽に照らされて、赤く染まる葡萄の山という、自然の恵みの慰めを感じている。黒い服の女は、彼女を、姉妹のように見つめている、という趣旨です。
題名の変更
WGAは、この作品が、当初は「アルルのぶどうの収穫」と題されていたが、ゴーギャンが、象徴的な意味が見逃されないように、のちに「人間の悲惨」と改めたと説明しています。WGAは、この絵が、誘惑のあとの場面を暗示するのかもしれず、その主題を、ゴーギャンが、《処女喪失》で、徹底的に探ったと述べています。
ペルーのミイラ
座り込む女のうずくまった姿は、パリの人類博物館にある、ペルーのミイラから着想を得たとされます。この姿は、ゴーギャンの晩年の傑作《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》などにも、繰り返し現れます。
展覧会
本作は、2016年に東京都美術館で開かれた「ゴッホとゴーギャン展」で、オードロップゴー美術館から出品されました。展覧会では、アルルの葡萄の収穫の光景に、ブルターニュの女性を配した、「想像」の世界の作品として、紹介されました。
まとめ
《アルルのぶどうの収穫》は、アルルで、アルルを描かなかったゴーギャンの絵です。豊かな収穫の赤と、うつむく女の孤独が、同じ画面に置かれ、見る者に、豊穣の裏にある、人間の悲しみを、考えさせます。同じ葡萄畑を、実際の風景として描いたゴッホの《赤い葡萄畑》と、見比べると、二人の画家の違いが、いっそうはっきりします。

