《ハンモック》(1844年)は、のちに写実主義の旗手となるギュスターヴ・クールベが、25歳のころに描いた油彩画です。ヴィンタートゥールのオスカー・ラインハルト・コレクション「アム・レーマーホルツ」が所蔵しています。暗い森のなか、木々のあいだに吊られたハンモックで、若い女性が眠るように身を預けています。ロマン主義文学の影響が色濃い初期作品で、1845年のサロンでは落選しました。
基本情報
作者はギュスターヴ・クールベ(1819〜1877)、制作年は1844年。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは70×97cmです。署名と年号が記されています。所蔵は、スイス・ヴィンタートゥールのオスカー・ラインハルト・コレクション(アム・レーマーホルツ)。《ある少女の夢》《ハンモックの女》といった題でも知られています(フランス語の原題は「Rêve de jeune fille」「Femme au hamac」「Le Hamac」)。
制作背景|サロンに拒まれた若き画家
1840年代前半のクールベは、パリに出て、ルーヴル美術館でリベーラ、スルバラン、ベラスケス、レンブラントらの作品を模写しながら、画家としての基礎を築いていました。肖像や自画像のほか、女性像や裸婦像にも取り組み、若い時期のクールベは、ロマン主義の文学や、コレッジョのような古い巨匠の影響を強く受けていたとされます。
本作は、1845年のサロンで落選した作品のひとつです。クールベはのちに、サロンの権威に正面から挑み、写実主義の旗手として知られる存在になっていきます。この絵は、その前段階にあたる、若き日の挑戦でした。
着想|ユゴーの詩「水浴するサラ」
クールベは、ヴィクトル・ユゴーの詩集『東方詩集』(1829年)に収められた「水浴するサラ」から、この絵の着想を得たと言われます。詩は、気だるげな若い女性が、官能的な夢にまどろみながらハンモックに横たわり、流れる水に足をひたす様子をうたったものです。
クールベは、この主題を、少なくとも2度描きました。最初は、1839年の日付を持つ《ハンモック》(個人蔵)で、2作目が、署名と1844年の年号を持つ本作です。ハンモックの揺れる動きと、女性の体の曲線を重ね合わせる官能性が、どちらの作品にも通底しています。
見どころ|暗い森に横たわる白い身体

画面の大半は、深い緑と茶の、暗い森で占められています。その中を、縞の入ったハンモックが、左上から右下へ、大きな斜めの線を描いて張り渡されています。両端の紐は、扇のように広がり、木の幹に結ばれています。
女性は、長い赤みを帯びた髪に葉の冠をつけ、目を閉じて横たわっています。白とピンクの縞の服をまとい、胸元には黄色い布がのぞき、体の下には青い布が敷かれています。片腕を頭の上へ伸ばし、ハンモックの縁に手を預けた姿は、くつろいでいるようでもあり、夢の中にいるようでもあります。足先は、ハンモックの縁から垂れ下がっています。
暗い森のなかで、女性の白い服と肌だけが明るく浮かび上がり、画面に強い明暗の対比を与えています。女性の後ろには、赤いバラが咲き、木々の隙間から、遠くの空の光がのぞいています。前景に伸びる葉のついた枝が、見る者と画中の世界とのあいだに、薄い幕を張るようです。
見どころ|ハンモックという主題
ハンモックは、地面から離れて宙に浮き、揺れ続けるという、不安定さと心地よさを併せ持つ道具です。ユゴーの詩でも、クールベの絵でも、この揺れが、女性の官能的な夢想を象徴しています。
クールベは、のちの作品でも、同じ主題を描きました。1848年頃とされる、母と子がハンモックに乗る作品は、母性愛を描いた、クールベ唯一の作例と言われます。同じ道具立てを使いながら、描かれる感情はまったく異なっています。
評価と影響
本作は、ロマン主義の影響下にあった若き日のクールベを伝える作品です。のちの《オルナンの埋葬》や《石割り》のような、社会的なテーマを持つ写実主義の作品とは、一見すると遠い位置にあります。しかし、サロンの体制に挑み、自分の画面を貫こうとする姿勢は、すでにこの作品にも表れています。
まとめ
《ハンモック》は、若いクールベが、詩に導かれて描いた、静かな夢の絵です。暗い森と白い身体、揺れるハンモックの斜線。サロンに拒まれたこの作品は、のちに権威と闘う画家の、出発点のひとつでした。

