レンブラント《ヘラルト・ド・ライレッセの肖像》とは|病を隠さず描かれた画家と、自作を「泥」と呼んだ理論家

《ヘラルト・ド・ライレッセの肖像》(1665〜67年)は、レンブラントが同時代の画家ライレッセを描いた油彩画で、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。大きな黒い帽子の下から、少し首をかしげるようにこちらを見る男性。病に侵された顔立ちが率直に描かれながら、画面には静かな品位が漂います。しかもモデルは、のちにレンブラントの画風を痛烈に批判する人物でした。

基本情報

作者はレンブラント・ファン・レイン(1606〜1669)、制作年は1665〜67年。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは112.7×87.6cmです。所蔵はメトロポリタン美術館で、1975年にロバート・レーマン・コレクションとして収蔵されました。

制作背景|画家であり理論家だったモデル

モデルとされるヘラルト・ド・ライレッセは、リエージュの出身で、当時は画家、版画家、美術理論家として知られていました。1665年にアムステルダムへ移り、レンブラントがこの肖像を描いたのは、その前後のことです。

ライレッセは、生まれつきの病である先天性梅毒を患っていました。メトロポリタン美術館によれば、この肖像が描かれた1665年ごろには、病の影響が、腫れた顔立ちと大きな鼻に表れていたといいます。ライレッセは1690年ごろに視力を失い、その後は、美術理論に力を注ぐようになりました。

ただし、このモデルの同定は、のちに残されたライレッセの肖像との類似や、病歴の一致などにもとづくものです。メトロポリタン美術館はライレッセの肖像として扱っていますが、決定的な記録があるわけではありません。

見どころ|率直さと品位

《ヘラルト・ド・ライレッセの肖像》

レンブラントは、モデルの外見を隠していません。膨らんだ頬や大きな鼻を、そのまま描いています。それでも画面から受ける印象は、哀れみよりも、落ち着いた気品です。メトロポリタン美術館は、レンブラントが容赦のない率直さで病の跡を記録しながら、モデルに静かな威厳を与えたと説明しています。

男性は、少し眉を上げ、わずかに口元をゆるめて、こちらを見ています。緊張も気取りもない、親しみのある表情です。見る者の視線を正面から受け止める余裕が、顔立ちの特徴を超えて、この人物の人柄を伝えています。

見どころ|暗がりに浮かぶ襟と手

画面の大半は、茶と黒の暗い色調に沈んでいます。そのなかで光を受けるのは、顔、レースの白い襟、袖口、そして書付けを持つ手です。長く波打つ赤茶色の髪は、黒い帽子との対比で、暖かい色を添えています。襟元から垂れる房飾りや、上着の茶色い刺繍は、細かく描き込まれるというより、絵具の置き方で質感が示されています。

左手は上着のなかに入れられ、右手は折りたたんだ紙を持ちます。画家であり理論家でもある人物の、何気ない仕草が、画面に動きを与えています。

皮肉な関係|「泥」と呼んだ理論家

ライレッセは、理想的な美を重んじる画家でした。その理論は、レンブラントの画風とは正反対です。1707年に著した美術理論書で、ライレッセはレンブラントの技法を批判し、その絵肌をキャンバスの上の泥にたとえました。

しかし、メトロポリタン美術館によれば、ライレッセがこの肖像そのものを悪く言った形跡はありません。見方の異なる二人の画家が、一枚の肖像のなかでは、思いやりのある関係を結んでいたようにも見えます。

評価と影響

本作は、レンブラント晩年の肖像画の特徴をよく示す作品です。外見の欠点を隠さず、それでいて人物の尊厳を損なわない描き方は、レンブラントの肖像画に共通する姿勢でもあります。病という個人的な事情を直視しながら、そこに品位を見いだす視線は、見る者に、人を「見る」とはどういうことかを問いかけます。

まとめ

《ヘラルト・ド・ライレッセの肖像》は、病の跡をそのまま描きながら、静かな威厳を失わない肖像画です。のちに自作を泥と呼んだ画家の顔を、これほど優しく描いたレンブラントの筆は、批評や理論を超えたところで、人間を見つめていたといえます。

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