司教の装束をまとった聖人が、緑色の悪魔と対峙する場面を描いた板絵がある。《聖ヴォルフガングと悪魔》と題されたこの作品は、チロル出身の画家ミヒャエル・パッハーが1470年代に手がけたもので、悪魔が開いて見せる1冊の本をめぐる、ある伝説を主題としている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ミヒャエル・パッハー(1435年頃〜1498) |
| 制作年 | 1470年代 |
| 技法・素材 | テンペラ・板 |
なお、この絵の主題については研究者のあいだで見解が分かれている。伝統的には聖アウグスティヌスを描いたものとされ、悪魔が突きつける「罪の書」に自らの罪がただ1つ、就寝前の祈りを怠ったことだけが記されていたという逸話に基づくとされる。一方で聖ヴォルフガングを描いたものだとする説も根強く、この人物特定をめぐる曖昧さ自体が、本作の興味深い側面の1つになっている。
罪を暴く1冊の書物
この逸話によれば、悪魔は町を歩き回りながら、人々のあらゆる罪を書き記した分厚い本を携えていた。聖人がその本の自分の項目を見せるよう求めると、そこにはただ1つの罪しか記されていなかった。聖人がすぐさま怠っていた祈りを捧げると、その罪は消え去り、悪魔は自らこの本を見せたことを悔やみながら逃げ去ったという。
見どころ

豪奢な司教冠と緋色のマント
聖人は宝石をちりばめた司教冠と、鮮やかな緋色のマントをまとい、堂々とした姿で描かれている。この威厳ある装いが、対峙する悪魔の異形とはっきりした対比をなしている。
生々しく描かれた悪魔の肉体
悪魔は緑色の皮膚に無数の目を持つ翼を広げ、鋭い牙をのぞかせている。この極めて写実的で不気味な描写は、当時の北方ルネサンス絵画のなかでも際立った表現力を示している。
背景に広がる同時代の町並み
2人の背後には、当時のドイツの町並みが緻密に描き込まれている。聖書や聖人伝の一場面をあえて同時代の風景のなかに置くこの手法が、物語に生々しい現実感を与えている。
実際に見るには
パッハーの代表作である聖ヴォルフガング祭壇画は、現在もオーストリアの聖ヴォルフガング教会にそのまま残されている。本作とあわせて見ることで、パッハーがイタリア・ルネサンスと北方ゴシックの様式をどう融合させていたかがうかがえる。
FAQ
Q. この絵の主題は誰ですか?
聖アウグスティヌスとする説と聖ヴォルフガングとする説があり、確定していない。
Q. 悪魔が持つ本にはどんな意味がありますか?
人々のあらゆる罪を記した書物とされ、聖人がそこに自らの罪を見出すという逸話に基づいている。
Q. パッハーはどんな画家でしたか?
チロル出身で、イタリア・ルネサンスの影響をドイツにいち早く取り入れた、北方ルネサンスの重要な画家である。
まとめ
《聖ヴォルフガングと悪魔》は、聖人と悪魔の対峙という劇的な場面を、驚くほど写実的な筆致で描き出した1枚だ。この絵が誰を描いたものかすら定まらないという事実こそ、500年以上前の絵画が今もなお解釈の余地を残し続けている証拠なのかもしれない。
