サウルの自殺とは|ブリューゲルが16世紀の戦場として描いた聖書の一場面

ウィーンの美術史美術館に、山あいで繰り広げられる大規模な合戦を描いた小さな板絵がある。《サウルの自殺(独:Der Selbstmord Sauls)》と題されたこの作品は、フランドルの画家ピーテル・ブリューゲル(父)が1562年に手がけたもので、聖書のなかでもめったに絵画化されることのない場面を主題としている。

基本情報

項目内容
作者ピーテル・ブリューゲル(父)(1525年頃〜1569)
制作年1562年
技法・素材油彩・板
サイズ33.5×55cm
所蔵美術史美術館(ウィーン)

サムエル記が語る、ある王の最期

本作の主題は、旧約聖書サムエル記上31章1〜5節に記された出来事に基づいている。ペリシテ人との戦いでギルボア山において敗れたイスラエルの王サウルは、弓兵の矢を受けて重傷を負い、捕らえられて辱めを受けることを恐れ、自らの武具持ちに自分を刺し殺すよう命じる。武具持ちがこれを拒むと、サウルは自らの剣の上に身を投げて命を絶ち、それを見た武具持ちも後を追うように自らの命を絶ったと伝えられている。ブリューゲルが選んだのは、まさに武具持ちが息絶える、ペリシテ軍が迫るこの緊迫した瞬間だった。サウルの死は伝統的に、傲慢に対する罰として解釈されており、ダンテの『神曲』煉獄篇でも、サウルは傲慢の罪を負う者として描かれている。

聖書の物語を「同時代の戦争」として描く

ブリューゲルは聖書を主題とする他の作品と同様、この場面もあえて自身の生きた16世紀の出来事として描いている。兵士たちは古代イスラエルの装束ではなく、当時の銀色の甲冑をまとい、両軍は古代の混沌とした戦闘ではなく、整然とした騎兵隊形で対峙している。この描写には、ドイツの画家アルブレヒト・アルトドルファーが1529年に手がけた《イッソスの戦い》からの影響、とりわけ無数の兵士と林立する槍の表現に通じるものが指摘されている。この戦争表現の現代化は、同じ年に彼が手がけたもう1つの代表作《死の勝利》にも受け継がれていくことになる。

見どころ

崖の上で息絶える武具持ちとサウル

画面左手前の岩場には、鎧をまとった人物が倒れ、その傍らにもう1人の人物が佇んでいる。この場面が、物語のクライマックスにあたる自死の瞬間を表している。

無数の槍が林立する戦場

画面右手には、隙間なく並ぶ槍の穂先と、密集した兵士たちの群れが描かれている。この執拗なまでの細密描写が、戦場の圧倒的な規模とその混乱を伝えている。

霞のなかに広がる遠景

画面奥には、川と城、そして遠くの町並みが、淡い霞のなかに浮かび上がるように描かれている。この幻想的な遠景の処理が、手前の緻密な人物描写をいっそう際立たせる効果を生んでいる。

風景画と人物画を融合させる試み

本作は、ブリューゲルが風景と人物という2つの要素をどう1つの画面にまとめるか、その試行錯誤の初期段階を示す作品とされている。後年の《絞首台の上のかささぎ》と比べると、前景と後景の統合にはまだ課題が残るとも指摘されているが、この作品自体が彼の様式の発展における重要な1段階となっている。

実際に見るには

本作はウィーンの美術史美術館に所蔵されている。かつて画家ピーテル・パウル・ルーベンスの個人コレクションに含まれており、1640年、ルーベンスの死後の遺産目録を経てオーストリア帝室コレクションへと渡った経緯を持つ。

FAQ

Q. 《サウルの自殺》はどこで見られますか?
ウィーンの美術史美術館に所蔵されている。

Q. この絵はどんな聖書の場面を描いていますか?
ペリシテ軍に敗れた王サウルが、捕虜となることを避けるために自らの命を絶つ場面である。

Q. なぜ兵士たちが16世紀の甲冑を着ているのですか?
ブリューゲルが聖書の出来事を、自身の生きた時代の戦争として描き直したためである。

Q. この絵の来歴には何がありましたか?
かつて画家ルーベンスの個人コレクションにあり、その死後の遺産整理を経てオーストリア帝室コレクションへ渡った。

Q. ブリューゲルはどんな画家でしたか?
フランドル・ルネサンスを代表する画家で、緻密な群衆描写と風景表現を融合させた作品で知られている。

まとめ

《サウルの自殺》は、聖書の1場面を16世紀の戦場として描き直すことで、遠い過去の出来事に生々しい現実感を与えた1枚だ。崖の上に横たわる小さな人影と、それを取り囲む無数の兵士たちを見比べていると、1人の死がどれほど巨大な争いのなかに埋もれてしまうものか、静かに考えさせられる。

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