ザ・コーヒーハウスとは|クラークが賞金100ドルを獲得したシカゴの冬景色

シカゴ美術館に、氷の浮かぶ川と、霧と煙のなかにそびえ立つ摩天楼を描いた油彩画がある。《ザ・コーヒーハウス(英:The Coffee House)》と題されたこの作品は、アメリカの印象派画家アルソン・スキナー・クラークが1905年から1906年の冬にかけて手がけたものだ。

基本情報

項目内容
作者アルソン・スキナー・クラーク(1876〜1949)
制作年1905〜1906年冬
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ96.5×76.2cm
所蔵シカゴ美術館

「コーヒーハウス」という意外な由来

本作の舞台は、シカゴのステート・ストリート橋から南を望んだ光景だ。カーブを描く鉄骨の欄干越しに、川面には氷が浮かび、その奥にはシカゴの高層建築群が煙と霧のなかに霞んで見える。この題名は、画面右端に描かれた「マクラフリン・コーヒー」という店の看板に由来している。実際には人々の往来を描いたこの絵に、なぜコーヒー店の名がつけられたのか、その選択自体がこの作品の印象的な逸話の1つになっている。

ホイッスラーに学んだ色彩感覚

クラークはシカゴ生まれで、11歳の頃からシカゴ美術館附属美術学校で絵を学び始めた。しかしその教育方針の緩慢さに苛立ち、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグへ移り、ウィリアム・メリット・チェイスに師事している。1898年にはパリへ渡り、アカデミー・カルマンでジェームズ・マクニール・ホイッスラーに学んだ。気難しい人物として知られたホイッスラーだったが、彼の指導はクラークの色彩感覚と構図の組み立て方に大きな影響を与えたとされている。

100ドルの賞金を得た代表作

本作は1906年、シカゴ美術館の年次アメリカ美術展に出品され、シカゴ出身の画家による最優秀作品に贈られるマーティン・B・カーン賞と、100ドルの賞金を獲得した。同じ年、クラークは同館で個展を開く機会にも恵まれており、この時期が彼の画業における大きな転機となった。制作にあたっては、橋の見張り台から現地を観察して習作を描き、縦長の構図と霧に満ちた雰囲気を先に確立したうえで、最終的な作品はアトリエで仕上げられたと伝えられている。

見どころ

氷の浮かぶシカゴ川

画面下方には、凍りかけたシカゴ川の水面に氷の塊が浮かんでいる様子が描かれている。この冷ややかな質感が、画面全体に厳冬期特有の張り詰めた空気を伝えている。

煙と霧に霞む摩天楼

橋の奥には、シカゴの高層建築が煙と霧のなかにぼんやりと浮かび上がっている。この大気の効果への関心は、クロード・モネが手がけた《サン=ラザール駅、ノルマンディー列車の到着》を思わせる、フランス印象派の都市表現の伝統を色濃く受け継いでいる。

橋を渡る人々の姿

橋の中央付近には、買い物客と思われる女性たちを中心とした人々の姿が小さく描かれている。彼女たちは、当時ステート・ストリート界隈で知られていた商業地区へと向かっていたのではないかと考えられている。

開放的な筆致と宝石のような色彩

画面全体は、開放的で自由な筆致と、抑えながらも鮮やかさを失わない色彩によって構成されている。この技法が、光と霧、煙という捉えどころのない現象を、都市の幾何学的な形態のなかに巧みに定着させている。

実際に見るには

本作はシカゴ美術館の常設コレクションに所蔵されている。同館にはクラークがこの作品のために手がけた準備段階の習作も別途所蔵されており、あわせて見ることで、彼がこの構図をどのように練り上げていったかがうかがえる。

FAQ

Q. 《ザ・コーヒーハウス》はどこで見られますか?
シカゴ美術館に所蔵されている。

Q. なぜ「コーヒーハウス」という題名なのですか?
画面右端に描かれた「マクラフリン・コーヒー」という店の看板に由来している。

Q. この絵はどんな評価を受けましたか?
1906年、シカゴ美術館の年次展でマーティン・B・カーン賞と100ドルの賞金を獲得した。

Q. なぜフランス印象派との関連が指摘されるのですか?
霧や煙といった大気の効果を捉える手法が、モネの都市風景画と共通しているためである。

Q. クラークはどんな画家でしたか?
シカゴ生まれで、ニューヨークとパリで学び、ホイッスラーの影響を受けたアメリカの印象派画家である。

まとめ

《ザ・コーヒーハウス》は、コーヒー店の看板という何気ない要素から題名を得ながら、シカゴの厳冬をフランス印象派の伝統に重ねて描いた1枚だ。橋を渡る人々の小さな姿を眺めていると、100年以上前のある冬の朝、彼らがどこへ向かっていたのか、想像がふと膨らんでくる。

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