マリアナとは|ミレイが描いた「彼は来ない」という嘆き

ロンドンのテート・ブリテンに、刺繍の手を止め、身を反らせて背伸びをする1人の女性を描いた油彩画がある。《マリアナ(英:Mariana)》と題されたこの作品は、イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレイが1851年に手がけたもので、シェイクスピアの戯曲に登場する、待ち人来たらぬ女性の孤独を主題としている。

基本情報

項目内容
作者ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829〜1896)
制作年1851年
技法・素材油彩・板(マホガニー)
サイズ59.7×49.5cm
所蔵テート・ブリテン(ロンドン)

シェイクスピアからテニスンへ受け継がれた物語

本作の主題は、シェイクスピアの戯曲『尺には尺を』に登場するマリアナという女性に由来する。彼女は婚約者アンジェロと結ばれるはずだったが、持参金を積んだ船が難破し、兄も命を落としたことで、アンジェロから見捨てられてしまう。以来彼女は、堀に囲まれた邸宅で孤独な日々を送ることになる。この物語は詩人アルフレッド・テニスンによって1830年に詩として翻案され、ミレイはそのテニスンの詩をもとに本作を描いた。1851年、王立アカデミー展に出品された際には、テニスンの詩の一節が作品に添えられており、当時テニスンが桂冠詩人に任命されたばかりだったこともあって、この絵はいっそう時宜にかなった話題作となった。

見どころ

刺繍から手を離し、身を反らせる姿勢

マリアナは刺繍枠の前で作業を中断し、背中に手を当てて大きく体を反らせている。この何気ない仕草のなかに、待つことに疲れ果てた女性の、深いため息のような倦怠がにじみ出ている。

床に散らばる秋の落ち葉

窓辺や床には、秋の落ち葉が散らばっている。この細部が、彼女がどれほど長い年月をこの場所で過ごしてきたかを、静かに物語っている。

天使と聖母を描いたステンドグラス

窓には、受胎告知の場面を思わせる天使と聖母の姿がステンドグラスとして描き込まれている。かたわらの紋章とスノードロップの花の意匠もあわせて、この邸宅の格式と、マリアナが置かれた状況の重みを暗示している。

隅に潜む1匹の鼠

画面右手前には、1匹の鼠が小さく描かれている。これはテニスンの詩に登場する、朽ちかけた壁の裏で鳴く鼠への言及だとされ、この屋敷が時とともに朽ちていく様子をさりげなく象徴している。

背景の小さな祭壇

奥には、小さな三連祭壇画と銀の小箱が置かれた祭壇が見える。これはテニスンが同じ主題で書いたもう1つの詩『南のマリアナ』のなかで、彼女が聖母マリアに必死に祈りを捧げる場面を暗示しているのではないかと考えられている。

実際に見るには

本作はロンドンのテート・ブリテンに、1999年より所蔵されている。ミレイをはじめとするラファエル前派の画家たちは、ラファエロ以前の初期イタリア・ルネサンス絵画に見られる誠実さと明快な形態を理想とした。本作のなかにも、細部への執拗なまでのこだわりと、色彩家としてのミレイの卓越した技量がよく表れている。

FAQ

Q. 《マリアナ》はどこで見られますか?
ロンドンのテート・ブリテンに所蔵されている。

Q. マリアナとはどんな人物ですか?
シェイクスピア『尺には尺を』に登場する、婚約者から見捨てられ、孤独な日々を送る女性である。

Q. なぜテニスンの詩と関連づけられているのですか?
ミレイがシェイクスピアの原作ではなく、テニスンが1830年に発表した同名の詩をもとにこの絵を描いたためである。

Q. 落ち葉や鼠にはどんな意味がありますか?
どちらもテニスンの詩に登場するモチーフで、長い年月の経過と屋敷の朽廃を暗示しているとされる。

Q. この絵は後世にどんな影響を与えましたか?
作家エリザベス・ギャスケルが1853年に発表した小説『ルース』の着想源になったと伝えられている。

まとめ

《マリアナ》は、シェイクスピアの物語がテニスンの詩を経て、さらにミレイの絵筆によって形を得た1枚だ。刺繍の手を止めて身を反らせるその一瞬の仕草を見つめていると、彼女がこの場所でどれほど長く「彼は来ない」という言葉を繰り返してきたのかが、静かに伝わってくる。

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