ストックホルムの国立美術館に、鶏肉と魚だけで組み立てられた奇妙な顔を持つ人物の肖像画がある。《法律家(伊:L’Avvocato)》と題されたこの作品は、イタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルドが1566年に手がけたもので、法律という職業そのものへの痛烈な皮肉が込められた1枚だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジュゼッペ・アルチンボルド(1526/27頃〜1593) |
| 制作年 | 1566年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 64×51cm |
| 所蔵 | 国立美術館(ストックホルム) |
皇帝に仕えた奇想の画家
アルチンボルドは神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世に仕えた宮廷画家で、本作を手がけた時点ですでに確固たる地位を築いていた。彼は日用品や動植物を巧みに組み合わせて人間の顔を作り出すという独創的な様式で知られ、四季を旬の植物で表した連作《四季》や、皇帝ルドルフ2世を花や果実の姿で描いた《ウェルトゥムヌス》といった作品が特に人気を博した。こうした奇想に満ちた作品群は、彼が生きたマニエリスムの時代のなかで高く評価されると同時に、20世紀のシュルレアリスムを先取りするものだったとも評されている。
誰の顔をモデルにしたのか
本作は現在2つのヴァージョンが確認されており、1566年制作の初版はグリプスホルム城の旧蔵品として1866年にストックホルムの国立美術館へ収蔵された。もう1点は個人蔵としてミラノに現存している。この人物が法律家という職業全体への風刺なのか、それとも実在の人物を念頭に置いて描かれたのかは判然としていない。ドイツの法学者ウルリヒ・ツァジウスがモデルではないかとする説が広く支持されており、国立美術館のカタログでも「法律家(ウルリヒ・ツァジウス)」として記載されているが、宗教改革者ジャン・カルヴァンを描いたものだとする説も存在する。
見どころ

鶏肉で組み立てられた顔
人物の鼻は、丸ごと羽をむしられた鶏の臀部でできており、その翼が眉毛を、鶏の目がそのまま人物の目を、そして黒い足が口ひげを形作っている。頬の1つは鶏もも肉で表現されている。
魚がかたどる口元
顎の部分はマスの尾びれで、口はそのまま魚の口として描かれている。この生々しい素材の組み合わせが、上品であるべき法律家の顔に、どこか不気味で滑稽な印象を与えている。
書物と文書でできた胴体
黒い帽子と毛皮の外套の下、人物の胴体は書物と手稿によって構成されている。胸元には黒いフォルダーから白い書類がのぞき、まるで襟のような形を作り出している。下腹部にあたる部分には「インセルニア」「バルト」と記された2冊の書物が配置されており、法学の権威とされた学者たちへの言及ではないかと考えられている。
同時期に描かれた「対」の1枚
同じ1566年、アルチンボルドは《図書館司書》という、より高潔な印象を持つ作品も手がけている。しかしこちらもまた、知識や蔵書への執着を揶揄する風刺として解釈されることがあり、本作とあわせて、当時の知的職業への痛烈な視線をうかがい知ることができる。
実際に見るには
本作はストックホルムの国立美術館に所蔵されている。もう1点のヴァージョンは個人蔵としてミラノにあり、公開される機会は限られている。あわせてアルチンボルドの《四季》や《図書館司書》を鑑賞することで、彼が職業や季節といった主題を、いかに機知に富んだ形で人体へと変換していったかがうかがえる。
FAQ
Q. 《法律家》はどこで見られますか?
ストックホルムの国立美術館に所蔵されている。
Q. モデルは誰ですか?
ドイツの法学者ウルリヒ・ツァジウスとする説が有力だが、ジャン・カルヴァンだとする説もあり、確定していない。
Q. なぜ顔が鶏肉と魚でできているのですか?
法律という職業への風刺として、あえて生々しく滑稽な素材が選ばれたのではないかと解釈されている。
Q. 胴体の書物には何が書かれているのですか?
「インセルニア」「バルト」という文字が確認されており、当時の法学の権威に関連する言及ではないかと考えられている。
Q. アルチンボルドはどんな画家でしたか?
神聖ローマ皇帝に仕えた宮廷画家で、日用品を組み合わせて人物の顔を構成する独創的な様式で知られている。
まとめ
《法律家》は、皇帝に仕える宮廷画家が、法律という権威ある職業をあえて鶏肉と魚で描き出した、痛烈な皮肉の1枚だ。書物でできた胴体と生肉でできた顔を見比べていると、知識という権威の裏に、案外滑稽な実態が隠れているのではないかという、アルチンボルドの茶目っ気が伝わってくる。
