パリのオルセー美術館に、褐色の霧に包まれるようにして、片手で頭を支える女性を描いた油彩画がある。《テーブルに寄りかかる女性(仏:Femme accoudée)》と題されたこの作品は、フランスの象徴主義画家ウジェーヌ・カリエールが1893年に手がけたものだ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ウジェーヌ・カリエール(1849〜1906) |
| 制作年 | 1893年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | オルセー美術館(パリ)ほか複数のヴァージョンが存在 |
ドレスデンでの捕虜生活が育んだ色彩感覚
カリエールはパリのエコール・デ・ボザールで学び、その後カバネルに師事した。普仏戦争中には一時ドレスデンで捕虜として過ごしており、この地でルーベンスの絵画に触れた経験が、後年まで消えない影響として残ったと伝えられている。初期の作品に見られる輝くような色彩には、この時期の記憶が反映されているという。
霧のなかから浮かび上がる肖像
1890年頃から、カリエールは灰色がかった霧のような色調に、光と影の強い対比を組み合わせるという、彼自身を象徴する独自の様式を確立していった。この画風はあまりに個性的で、他の画家が模倣を試みても、わざとらしさを免れることは難しかったとされる。彼の主題はほとんどが身近な家庭生活の情景で、なかでも妻の面影を繰り返し描き続けたことでも知られている。本作の女性が誰なのかは特定されていないが、こうした身近な人物を主題とする彼の作風のなかに位置づけられる1枚だ。
見どころ

霧に溶け込む輪郭
女性の姿は、はっきりとした輪郭線を持たず、周囲の褐色の空気のなかに溶け込むように描かれている。この曖昧な境界こそが、カリエールの様式を最も特徴づける要素だ。
光を受けて浮かび上がる顔と手
暗く沈んだ画面のなかで、女性の顔と両手だけが、ほのかな光を受けて浮かび上がっている。この明暗の強い対比が、見る者の視線を自然と人物の表情へと導いていく。
物思いにふける伏し目がちな表情
女性は目を伏せ、どこか物思いにふけるような表情を浮かべている。感情の詳細を説明しないこの静かな佇まいが、絵全体に瞑想的な余韻を与えている。
後の画家たちへの影響
カリエールは彫刻家オーギュスト・ロダンと親しい友人であり、その画風は後にパブロ・ピカソの「青の時代」にも影響を与えたのではないかと指摘されている。また彼自身、1899年にはアカデミー・カリエールを設立し、アンリ・マティスやアンドレ・デランといった後の巨匠たちが、その門下で学んでいる。
実際に見るには
本作はパリのオルセー美術館に所蔵されているとされるが、同じ構図や主題を扱ったヴァージョンが複数存在し、エルミタージュ美術館など他の所蔵先で紹介されている例もある。カリエールの霧に包まれた肖像画群をあわせて見ることで、彼が家庭という身近な主題にどれほど深く沈潜し続けていたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《テーブルに寄りかかる女性》はどこで見られますか?
オルセー美術館に所蔵されているとされるが、同一主題の複数のヴァージョンが異なる所蔵先に存在する可能性がある。
Q. モデルの女性は誰ですか?
特定されていない。カリエールは妻をモデルにすることが多かったが、本作については確証がない。
Q. なぜこの絵はこれほど輪郭が曖昧なのですか?
1890年頃からカリエールが確立した、霧のような色調と強い明暗対比を特徴とする独自の様式によるものである。
Q. カリエールは他の画家にどんな影響を与えましたか?
ピカソの「青の時代」への影響が指摘されるほか、マティスやデランが彼の設立したアカデミーで学んでいる。
まとめ
《テーブルに寄りかかる女性》は、輪郭をあえて曖昧にすることで、かえって人物の内面をくっきりと浮かび上がらせた1枚だ。霧のような褐色の画面を見つめていると、説明されない感情ほど、かえって強く伝わってくることがあるのだと気づかされる。
