ローヌ川の星月夜とは|ゴッホが黄色い家のすぐそばで見つけた夜空

パリのオルセー美術館に、ローヌ川の水面にガス灯の光が長く伸びる夜景を描いた1枚がある。《ローヌ川の星月夜(仏:La Nuit étoilée)》と題されたこの絵は、フィンセント・ファン・ゴッホが1888年9月、南フランスのアルルで手がけたものだ。よく知られるニューヨーク近代美術館の《星月夜》とは別の作品だが、この絵にも夜空を描くことに取り憑かれた画家の執念が色濃く刻まれている。

基本情報

項目内容
作者フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)
制作年1888年9月
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ72.5×92cm
所蔵オルセー美術館(パリ)

「黄色い家」からわずか徒歩1分の場所で

この絵が描かれたのは、ゴッホが当時借りていた「黄色い家」から、歩いてわずか1、2分ほどのローヌ川の岸辺だった。彼はこの年の2月からアルルに滞在しており、パリを離れて南仏へやって来たのは、自らが理想としていた日本の光にも似た、南の輝く光を求めてのことだったとされる。この地で彼は、画家たちの共同体を築くという野心的な計画にも心を注いでいた。

アルルに来てからというもの、ゴッホは「夜の効果」を絵にすることにこだわり続けていた。1888年4月には弟テオへの手紙で、糸杉のある、あるいは実った麦畑の上に広がる星空をどうしても描きたいと綴っている。同年6月には画家エミール・ベルナールに宛て、いつになったらあの「星空」を描けるのかと、その主題に取り憑かれた心境を打ち明けてもいる。本作は、同じ9月に手がけた《夜のカフェテラス》や友人ウジェーヌ・ボックの肖像画とともに、夜空と星を主要なモチーフとした3作のうちの1枚だ。

正確さより、見せたい星座を選んだ画家

天文学的な検証によれば、画面に大きく描かれた北斗七星は、実際にはゴッホがこの場所からアルル中心部を望む方角(南西)を見ていたとすれば、本来は彼の背後、北の空にあったはずだという。つまりゴッホは、誰もが見分けられるこの星座をあえて画面に収めるため、実際の位置とは正反対の空へと移し替えて描いている。忠実な記録よりも、見る者に伝わる夜空の実感を優先した、意図的な選択だったと考えられている。

見どころ

水面に伸びるガス灯の光の帯

画面中央には、川岸に並ぶガス灯の光が、水面に長く黄色い筋を引くように反射している。この光の帯こそが、本作の構図をまっすぐに貫く軸となっている。

川岸を歩む1組の男女

画面手前には、寄り添うようにして歩く2人の人影が小さく描かれている。夜のローヌ川という壮大な舞台のなかで、この人物たちの存在が、ささやかな親密さを添えている。

塗り替えられた左下の岸辺

画面左下の砂州は、当初はもっと長く描かれていたことが、ゴッホが弟テオや友人ボックに宛てて送った小さなスケッチから分かっている。彼は完成後にこの部分を描き直し、砂州を狭め、代わりに水面を広げている。

空と大地を分かつ静かな構図

画面は、地上の街の光と川面の反射からなる下半分と、深い青とまばゆい星々に覆われた上半分とに、はっきりと分かれている。この単純な二分割が、夜という時間の持つ静けさと壮大さを同時に伝えている。

実際に見るには

本作はパリのオルセー美術館に所蔵されている。同館は1986年の開館時からこの絵を収蔵しており、以来、同館を代表する所蔵品の1つとなっている。実際に描かれた現地、アルルのローヌ川岸にも、ゴッホが画架を立てたとされる場所が今も残されている。

FAQ

Q. 《ローヌ川の星月夜》はどこで見られますか?
パリのオルセー美術館に所蔵されている。

Q. ニューヨーク近代美術館の《星月夜》とは別の作品ですか?
別の作品である。本作は1888年9月にアルルで、《星月夜》は1889年6月にサン=レミ=ド=プロヴァンスで描かれている。

Q. 北斗七星の位置は実際の空と一致していますか?
一致していない。ゴッホは実際には見えていなかったはずの方角に、あえてこの星座を移し替えて描いている。

Q. この絵にはどんな変更が加えられましたか?
完成後、画面左下の砂州を狭め、その分水面を広げる形で描き直されている。

Q. ゴッホはなぜアルルに滞在していたのですか?
南仏の輝く光を求め、画家たちの共同体を築くという計画のためにこの地に移り住んでいた。

まとめ

《ローヌ川の星月夜》は、実際の星の配置を曲げてまで、見る者に伝えたい夜空の実感を優先させた1枚だ。黄色い家からわずか徒歩1分の岸辺に立ち、実際の空とは異なる星座を選び取ったこの判断のなかに、ゴッホが夜という主題にどれほど取り憑かれていたかが表れている。

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