ヘルシンキのアテネウム美術館に、息絶えた息子のかたわらで天を仰ぐ母親の姿を描いたテンペラ画がある。《レンミンカイネンの母(フィンランド語:Lemminkäisen äiti)》と題されたこの絵は、フィンランドの画家アクセリ・ガレン=カレラが1897年に手がけたもので、フィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』の一場面を描いている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | アクセリ・ガレン=カレラ(1865〜1931) |
| 制作年 | 1897年 |
| 技法・素材 | テンペラ・カンヴァス |
| サイズ | 85.5×108.5cm |
| 所蔵 | アテネウム美術館(フィンランド国立美術館、ヘルシンキ) |
『カレワラ』が語る、息子の死と蘇生
本作の主題は、19世紀にエリアス・リョンロートが編纂したフィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』に由来する。物語の英雄レンミンカイネンは、北の国ポホヨラを統べる女主人ロウヒの娘を妻に迎えるため、いくつもの難題に挑まねばならなかった。そのうちの1つが、死者の国トゥオネラを流れる川の白鳥を射止めることだった。しかしレンミンカイネンは、恋敵の手によって命を落とし、その体はばらばらにされてトゥオニの黒い川へと投げ込まれてしまう。
息子の死を予感し、やがてその事実を知った母親は、熊手を手に川瀬をさらい、息子の体のかけらを1つずつ拾い集め、それらを縫い合わせて元の姿に戻した。本作が描いているのは、まさにこの直後の場面だ。母は、天空と雷雨、収穫を司る神ウッコの使いである蜂が、神々の蜜を運んでくるのを待ち続けている。この蜜こそが、息子を再び生き返らせる力を持つとされていた。物語のなかで、彼女はついにこの願いを叶えることになる。
画家自身の母をモデルに
ガレン=カレラはこの絵を描くにあたり、レンミンカイネンの母のモデルとして、自らの実の母を起用した。1890年代、彼は象徴主義へと画風を深めており、この時期にはカレリアニズムやフィンランド国民ロマン主義と結びついた作品を数多く手がけている。本作もまた、そうした流れのなかで生まれた代表作の1つだ。
見どころ

ピエタを思わせる母子の構図
母親は、息子の亡骸のかたわらに寄り添い、その体に手を添えながら天を見上げている。この配置は、聖母マリアがキリストの遺体を抱く「ピエタ」の伝統的な図像を思わせ、宗教画とは異なる神話でありながら、普遍的な母の悲しみと祈りを想起させる。
背景に浮かぶトゥオネラの白鳥
画面左上には、レンミンカイネンが仕留めようとした、死者の国トゥオネラの白鳥が静かに浮かんでいる。この白鳥の存在が、彼の死の発端となった出来事を、絵のなかに静かに刻み込んでいる。
散らばる骨と灯された蝋燭
母のまわりには、頭蓋骨や骨、そして小さな蝋燭が並べられている。これらは息子を蘇らせるために母が用いる呪具や供物であり、この場面が単なる悲嘆ではなく、蘇生への儀式的な祈りの最中であることを物語っている。
写実と様式化が同居する画面
母の顔立ちには写実的な陰影が丁寧に施されている一方、背景や周囲の装飾的な要素はより単純化された様式で描かれている。この対比が、「あの世」で起きている出来事としての神話的な雰囲気を強めている。ガレン=カレラは、この感情的な効果をいっそう際立たせるため、油彩ではなくマットな質感のテンペラをあえて選んだとされている。
実際に見るには
本作はヘルシンキのアテネウム美術館(フィンランド国立美術館)に所蔵されている。同館にはガレン=カレラが手がけた他の『カレワラ』主題の作品、《サンポの防衛(1896年)》や《アイノ神話》三連画なども所蔵されており、あわせて見ることで、彼がこの国民的叙事詩にどれほど深く向き合い続けたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《レンミンカイネンの母》はどこで見られますか?
ヘルシンキのアテネウム美術館に所蔵されている。
Q. この絵はどんな物語を描いていますか?
『カレワラ』の英雄レンミンカイネンが命を落とし、母がその体を川から拾い集めて蘇生を祈る場面である。
Q. 母のモデルは誰ですか?
ガレン=カレラ自身の実の母がモデルを務めた。
Q. なぜテンペラで描かれているのですか?
油彩よりも感情的な効果を強められると考え、あえてマットな質感のテンペラを選んだとされている。
Q. ガレン=カレラはどんな画家でしたか?
フィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』を主題とした作品群で知られ、1900年のパリ万博でフィンランド館の壁画も手がけた画家である。
まとめ
《レンミンカイネンの母》は、画家自身の母を借りて描いた、息子を失った母の悲しみと祈りの1枚だ。ピエタを思わせる構図と、蘇生の呪具に囲まれた静かな場面。神話という枠を超えて、母の愛とはどういうものかを、ガレン=カレラはここで問い直している。
