ブリュッセルのベルギー王立美術館に、手のひらに収まるほど小さな1枚の油彩画がある。《ニシンをめぐって争う骸骨(仏:Squelettes se disputant un hareng saur、英:Skeletons Fighting over a Pickled Herring)》と題されたこの絵は、ベルギーの画家ジェームズ・アンソールが1891年に手がけたものだ。2体の骸骨が1匹の魚を奪い合うという滑稽な図像には、批評家たちへの痛烈な皮肉が込められている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジェームズ・アンソール(1860〜1949) |
| 制作年 | 1891年 |
| 技法・素材 | 油彩・板 |
| サイズ | 16×21.5cm |
| 所蔵 | ベルギー王立美術館(ブリュッセル) |
仮面屋の2階で育った画家
アンソールはイギリス人の父とベルギー人の母のもとに、海辺の町オステンドで生まれ、生涯のほとんどをこの町で過ごした。実家は土産物と骨董品を扱う店を営んでおり、店にはオステンドの毎年恒例のカーニバルで使われる仮面が数多く並べられていた。アンソールはこの店の2階にあるアトリエで制作を続け、仮面や骸骨、カーニバルといったモチーフを繰り返し描くようになる。本作もまた、そうした身近な素材から生まれた1枚である。
「ニシン」に込められた自身への当てこすり
画面に描かれているのは、あごに1匹の細長いニシンをくわえて、綱引きのように引っ張り合う2体の骸骨だ。この絵の題名にあるフランス語の「アラン・ソール(hareng saur、塩漬けニシン)」という言葉が、画家自身の名前「アンソール(Ensor)」の響きと重なることから、この魚はアンソール自身を象徴しているのではないかと解釈されている。すなわち、彼を酷評する批評家たちが、まるで1匹の魚を奪い合うかのように彼の作品を引き裂いている様子を、痛烈な自嘲とユーモアを込めて描いたというのが、この絵の広く知られた読み解き方だ。
アンソールは同時期に、著名人や権威ある人物を骸骨や滑稽な姿に描き変えるという手法をたびたび用いており、本作もそうした批評家や体制への風刺を色濃く反映した作品群の1つに位置づけられる。
見どころ

毛皮の帽子をかぶった骸骨
画面右側の骸骨は、黒々とした毛皮の帽子をかぶっている。骨だけの姿でありながらどこか威厳めいた出で立ちのこの骸骨が、ニシンを奪い合うもう1体の骸骨と滑稽な対をなしている。
あごの間に挟まれた細長い魚
2体の骸骨のあごのあいだには、ニシンと思われる細長い魚がぴんと張られた状態で挟まれている。まるで犬同士の綱引きのようなこの構図が、荘厳であるはずの骸骨という主題を、一気に喜劇的なものへと変えている。
淡いピンクと青が漂う空
背景には、ピンクと青が入り混じった、雲の漂う穏やかな空が広がっている。骸骨たちの争いという不穏な主題とは裏腹の、この柔らかな色彩の対比が、アンソールらしい独特のユーモアを画面に添えている。
実際に見るには
本作はブリュッセルのベルギー王立美術館に所蔵されている。アントワープ王立美術館には、同じ1891年に手がけられた、より大きな画面の関連作《絞首刑にされた男をめぐって争う骸骨たち》も所蔵されており、あわせて見ることで、この時期のアンソールが骸骨というモチーフをどのように展開させていったかがうかがえる。
FAQ
Q. 《ニシンをめぐって争う骸骨》はどこで見られますか?
ブリュッセルのベルギー王立美術館に所蔵されている。
Q. なぜ「ニシン」が描かれているのですか?
フランス語で塩漬けニシンを指す「アラン・ソール」という言葉が、画家自身の名前「アンソール」と響きが似ていることから、彼自身を象徴しているのではないかと解釈されている。
Q. この絵は何を風刺しているのですか?
アンソールを酷評した批評家たちを、魚を奪い合う骸骨として描いた、痛烈な自己風刺だとされている。
Q. なぜアンソールは骸骨や仮面をよく描いたのですか?
実家がオステンドのカーニバル用の仮面を扱う土産物店を営んでおり、幼い頃からこうしたモチーフに親しんでいたためとされる。
Q. 似た作品は他にありますか?
同じ1891年に手がけられた、より大画面の《絞首刑にされた男をめぐって争う骸骨たち》がアントワープ王立美術館に所蔵されている。
まとめ
《ニシンをめぐって争う骸骨》は、批評家たちからの酷評を、自らを1匹の魚に見立てるという痛烈な自嘲によって笑い飛ばした1枚だ。骸骨同士の滑稽な綱引きにこそ、仮面と骨に彩られたオステンドの土産物店で育った画家ならではの、皮肉とユーモアの感覚が凝縮されている。
