バーゼル近郊リーエンにあるフォンダシオン・ベイエラーに、鬱蒼と茂る密林のなかで、1頭のライオンが獲物に食らいつく場面を描いた大作がある。《飢えたライオン(仏:Le lion, ayant faim, se jette sur l’antilope、英:The Hungry Lion Throws Itself on the Antelope)》と題されたこの絵は、フランスの素朴派の画家アンリ・ルソーが1905年に発表した1枚だ。だがこの緻密なジャングルの光景を、ルソー自身は生涯一度も実際に目にしたことがなかった。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | アンリ・ルソー(1844〜1910) |
| 制作年 | 1905年(1898年頃から着手していたとする説もある) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 200×301cm |
| 所蔵 | フォンダシオン・ベイエラー(スイス・リーエン/バーゼル) |
見たことのないジャングルを描いた税関吏
ルソーは正規の美術教育を受けず、パリ市の入市税徴収の仕事に長く従事しながら独学で絵を描き続けた画家として知られている。「税関吏(ドゥアニエ)」という愛称もそこに由来する。彼は生涯フランスを離れることがなく、本作に描かれたような密林の光景も、実際にジャングルを訪れて目にしたものではない。着想の源になったのは、パリの植物園や動物園、挿絵の入った書物、そしてパリ自然史博物館に展示されていた剥製のジオラマだったとされている。
酷評からの10年越しの再挑戦
ルソーは1891年、初めて手がけたジャングルを主題とする作品《熱帯の嵐の中の虎》をサロン・デ・ザンデパンダンに出品したが、これは批評家たちから厳しい酷評を浴びることになった。以後およそ10年にわたり、彼はジャングルという主題を封印することになる。本作はその沈黙を破って再びジャングルに挑んだ、《虎に襲われる斥候たち(1904年)》に続く2作目にあたる作品だ。
1905年、本作はマティスやドランらの作品とともにサロン・ドートンヌに出品された。この年の展覧会は、後に「フォーヴィスム(野獣派)」という呼び名が生まれるきっかけとなった歴史的な展示として知られており、批評家ルイ・ヴォークセルによるこの命名には、ルソーの本作が並べて展示されていたことも少なからず影響したのではないかとされている。展示に際してルソーは、ライオンが飢えのあまり羚羊に飛びかかりこれを貪り、豹もまた自分の取り分にありつける瞬間を不安げに待っているという、絵の内容を説明する長い副題を自ら書き添えていた。
当時の批評家たちは、この絵がルネサンス期の彫刻や伝統的な様式の作品と並べて展示されたことに衝撃を受け、酷評を重ねた。しかしルソーの死後も長く続いたこうした否定的な評価とは裏腹に、ピカソやマティス、トゥールーズ=ロートレックといった同時代の画家たちは、早くから彼の作品に魅了されていたと伝えられている。
見どころ

羚羊の首に食らいつくライオン
画面手前には、羚羊(レイヨウ)の首元に深く食らいつくライオンの姿が描かれている。爪を立てて獲物を押さえ込むその迫力に反して、実はこのライオンの口には牙が描き込まれていない点も、しばしば指摘される細部の1つである。
木陰から様子をうかがう豹
画面右手の木の上には、獲物にありつく順番を待つ豹の姿がひっそりと潜んでいる。ルソー自身が書き添えた副題の通り、この豹は自分の取り分を不安げに待つ存在として配置されている。
幾重にも重なる緑の葉
画面全体を覆う葉の茂みは、無数の緑の色調を丹念に塗り重ねることで作り上げられている。素朴で平面的に見える画面でありながら、実際には層を成すように緻密に構成されている点が、ルソーのジャングル画に共通する特徴である。
沈みゆく赤い太陽
葉の隙間から見える空には、深紅に染まった夕陽が沈みかけている。この夕暮れの光が、捕食という生々しい場面に、どこか静かで儀式めいた雰囲気を添えている。
実際に見るには
本作はスイス・バーゼル近郊リーエンのフォンダシオン・ベイエラーに所蔵されている。同館はルソーの作品を含む近代絵画の充実したコレクションで知られており、彼が1度も訪れることのなかった熱帯の光景を、どのように独自の想像力で組み立てていったかを間近で確かめることができる。
FAQ
Q. 《飢えたライオン》はどこで見られますか?
スイスのフォンダシオン・ベイエラーに所蔵されている。
Q. ルソーは実際にジャングルを見たことがあったのですか?
なく、パリの植物園や動物園、挿絵、自然史博物館の剥製ジオラマなどを参考に想像で描いたとされている。
Q. なぜこの絵は10年ぶりのジャングル画とされているのですか?
1891年の《熱帯の嵐の中の虎》が酷評されたことを受け、ルソーは以後ジャングルという主題をしばらく避けていたためである。
Q. 「フォーヴィスム」という名称とどんな関係がありますか?
本作が発表された1905年のサロン・ドートンヌで、マティスらの作品とともに展示されたことが、「フォーヴィスム」という呼称が生まれる背景の1つになったとされている。
Q. 画面には他にどんな動物が描かれていますか?
獲物を待つ豹のほか、フクロウなど複数の鳥の姿が木々のあいだに描き込まれている。
まとめ
《飢えたライオン》は、正規の美術教育も海外渡航の経験も持たない画家が、パリの植物園や剥製のジオラマだけを手がかりに作り上げた、想像上のジャングルの光景だ。一度も熱帯の地を踏むことなく、これほどの緊張感を絵筆1本で作り出してしまったという事実こそが、ルソーという画家の非凡さを何よりよく表している。
