《ブレダの開城》とは|ベラスケスが描いた敗者への敬意

《ブレダの開城(西:La rendición de Breda、通称:槍(Las Lanzas))》は、スペイン黄金世紀の画家ディエゴ・ベラスケスが1634年から35年にかけて手がけた油彩画で、現在はマドリードのプラド美術館に所蔵されている。1625年、八十年戦争の激戦地だったオランダの都市ブレダがスペイン軍に降伏する場面を描いたこの絵は、通常の戦争画とはまったく異なる視点から勝利を語っている。今回はこの絵が生まれた歴史的背景と、敗者を辱めないという異例の描き方について見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者ディエゴ・ベラスケス(1599〜1660)
制作年1634〜35年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ約307×367cm
所蔵プラド美術館(マドリード)
依頼主宰相オリバーレス伯公爵(フェリペ4世の治世を称える連作の一環)

一言でいうと

降伏の儀式を、敗者への蔑みではなく、両者の敬意ある握手として描いてしまう。勝者の誇示ではなく、寛容さそのものを絵の主題に据えた、異色の戦争画。

制作背景

11か月に及んだブレダ包囲戦

1624年8月、スペイン軍の将軍アンブロージョ・スピノラは、オランダの都市ブレダへの包囲を開始した。オランダ側を率いたのは、同じく名将として知られたユスティヌス・ファン・ナッサウだった。11か月に及ぶ包囲の末、1625年6月5日、ナッサウはスピノラに降伏し、都市の鍵を明け渡した。この戦いはスペインとオランダ共和国の長年にわたる争いのなかでも、屈指の戦略的重要性を持つ都市をめぐる決着として位置づけられている。

「敗者の勇敢さこそ勝者の栄光」

スピノラは降伏したオランダ側の指導者や兵士たちに対し、旗や武器、尊厳を保ったまま都市を去ることを許した。彼は「敗者の勇敢さこそが勝者の栄光である」という言葉を残したとされ、この寛容な処遇はヨーロッパ中で高く評価された。ベラスケス自身、かつてスピノラとともにイタリアへ旅した親友であり、この絵の制作にあたっては、すでに世を去っていた友への敬意も込められていたと考えられている。

ブエン・レティーロ宮殿を飾る連作の一枚

この絵は、宰相オリバーレス伯公爵が主導した、ブエン・レティーロ宮殿を飾る大規模な装飾計画の一環として制作された。フェリペ4世の治世における軍事的勝利を称えるこの連作のなかで、この絵は最も有名な作品の一つに数えられている。

見どころ

鍵を差し出すナッサウとそれを受け取るスピノラ

画面中央、オランダの指導者ファン・ナッサウが身をかがめ、都市の鍵をスピノラに差し出している。スピノラはこの動作を制止するように相手の肩に手を置き、敗者を跪かせることなく対等に迎え入れる寛容な仕草を見せている。

左右で対比される両軍の兵士たち

画面左にはやや疲弊した様子のオランダ兵たちが、右にはより整然とした姿のスペイン兵たちが配置されている。それぞれの側から1人ずつ、鑑賞者の方をまっすぐに見つめる兵士が描かれており、この歴史的な場面に見る者を引き込む効果を与えている。

空高くそびえるスペインの槍

画面右側には、まっすぐに天を突くスペイン兵の槍が林立しており、この絵の通称「槍(Las Lanzas)」の由来になっている。規律正しく並んだこの槍の連なりが、スペイン軍の統制と力強さを視覚的に物語っている。

硝煙の立ち上る背景の戦場

画面奥には、包囲戦の爪痕を示す煙が立ち上る広大な戦場風景が描かれている。この荒涼とした背景と、手前の穏やかな和解の場面との対比が、戦争の悲惨さと、そのなかで示された人間的な寛容さとを際立たせている。

実際に見るには

本作はマドリードのプラド美術館に所蔵されている。同館にはベラスケスの他の代表作も多数収蔵されており、あわせて見ることで、彼が宮廷画家として手がけたさまざまな主題の広がりを知ることができる。

よくある誤解

この絵はしばしば「典型的な戦争の勝利を誇示する絵画」として紹介されがちだが、実際には敗者を跪かせて辱めるという当時の一般的な表現から意図的に逸脱し、両者の敬意ある対面として描かれている。単なる軍事的勝利の記録としてではなく、敵将への敬意と人間的な寛容さを称えた作品として見ることで、この絵の独自性がより見えてくる。

FAQ

Q. 《ブレダの開城》はどこで見られますか?
マドリードのプラド美術館に所蔵されている。

Q. この絵はどんな史実を描いていますか?
1625年、八十年戦争のさなかにオランダの都市ブレダがスペイン軍に降伏した場面を描いている。

Q. なぜ「槍」という通称があるのですか?
画面右側にまっすぐ並んだスペイン兵の槍の描写が印象的なことから、この通称で呼ばれるようになった。

Q. スピノラはナッサウをどう扱ったのですか?
跪かせて辱めることなく、旗や武器を持ったまま都市を去ることを許し、敬意ある対等な relación として遇した。

Q. この絵はどんな目的で描かれましたか?
宰相オリバーレスが主導した、フェリペ4世の治世の軍事的勝利を称える宮殿装飾計画の一環として制作された。

まとめ

《ブレダの開城》は、戦争の勝敗を描きながらも、勝者の誇示ではなく敗者への敬意を主題に据えた異色の戦争画だ。鍵を差し出す手と、それを制止する手。その2つの手の触れ合いのなかに、ベラスケスが込めた人間的な寛容さが、今も静かに息づいている。

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