《ディアナとカリスト(英:Diana and Callisto)》は、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノが1556年から59年にかけて手がけた油彩画で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーとエディンバラのスコットランド国立美術館が共同で所蔵し、数年ごとに展示場所を入れ替えている。狩猟の女神ディアナが、侍女カリストの身重を見抜いてしまう瞬間を描いたこの絵は、スペイン王フェリペ2世のために描かれた壮大な神話画連作「ポエジエ」の一枚だ。今回はこの絵に描かれた物語の背景と、姉妹作との深い結びつきについて見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ティツィアーノ(1488/90頃〜1576) |
| 制作年 | 1556〜59年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約187×204.5cm |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー(ロンドン)およびスコットランド国立美術館(エディンバラ)共同所蔵 |
| 依頼主 | スペイン王フェリペ2世 |
一言でいうと
指さされた1本の指が、これから起こる悲劇のすべてを物語ってしまう。ユピテルに身ごもらされた侍女カリストの秘密が、女神の面前で白日のもとにさらされる瞬間を描いた1枚。
制作背景
フェリペ2世のための「ポエジエ」連作
この絵は、ティツィアーノが自ら「ポエジエ(詩)」と呼んだ、スペイン王フェリペ2世のための一連の大型神話画の一部として制作された。古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』などに着想を得たこれらの作品群は、1551年から1562年にかけての約10年間にわたって描かれ、主題の選択と構成の自由をフェリペ2世自身から与えられていたとされる。
対をなす「ディアナとアクタイオン」
この絵は、同じくディアナを主題とする「ディアナとアクタイオン」と対として構想された。両作は主題や構図の要素を共有しており、片方の絵から流れ出る小川がもう片方の絵へとつながるように描かれているなど、密接な関係を持つ。制作以来、この2枚はほぼ常に一緒に伝来してきた。
イングランド、フランスを経て英国の共同所蔵へ
2枚の絵は1793年に初めてイギリスへ渡り、最終的にサザーランド公爵のブリッジウォーター・コレクションの一部となった。1945年からスコットランド国立美術館に長期貸与されていたが、2009年と2012年、ナショナル・ギャラリーとスコットランド国立美術館が共同で正式に購入し、以来数年おきにロンドンとエディンバラを行き来する形で展示されている。
見どころ

侍女を指さすディアナ
画面右、宝冠を戴いたディアナが、腕をまっすぐに伸ばしてカリストを指さしている。この毅然とした身振りが、これから明らかになる裏切りへの怒りを静かに、しかし強く物語っている。
引きずり出されるカリスト
画面左、他のニンフたちの手によって衣を剥がれ、身重の体をあらわにされるカリストの姿が描かれている。彼女を取り囲む仲間たちの表情には、驚きと哀れみが入り混じっている。
噴水の彫像と物語の額縁的機能
画面中央には、水を注ぐ幼児像を頂いた噴水が配置されている。この彫像は場面全体を左右に分ける軸として機能し、静かな観照の場である水辺と、劇的な暴露が起きる岸辺とを視覚的に区切っている。
反対方向から差し込む光
興味深いことに、対作品「ディアナとアクタイオン」では光が左から差すのに対し、この絵では光が右から差している。これは「ポエジエ」全体のなかでも唯一の例であり、ティツィアーノが当初、2枚の窓のあいだの壁、すなわち非常に大きな広間に飾られることを想定して描いていたことを示唆している。
実際に見るには
本作はナショナル・ギャラリー(ロンドン)とスコットランド国立美術館(エディンバラ)が共同で所蔵しており、数年ごとに展示場所を交代している。対作品「ディアナとアクタイオン」も同じ所蔵形態をとっており、2020年にはロンドンで「ポエジエ」全6作が16世紀以来初めて一堂に会する特別展も開催された。
よくある誤解
この絵はしばしば「単なる神話上の裸体画」として鑑賞されがちだが、実際にはオウィディウスの物語に忠実に基づきながら、光の方向や構図の細部にいたるまで、対作品との緻密な連携を意識して設計された作品である。単独の場面としてではなく、「ディアナとアクタイオン」とあわせた1つの大きな物語の一部として見ることで、この絵の本来の構想がより見えてくる。
FAQ
Q. 《ディアナとカリスト》はどこで見られますか?
ナショナル・ギャラリー(ロンドン)とスコットランド国立美術館(エディンバラ)が共同で所蔵し、数年ごとに展示場所を入れ替えている。
Q. この絵はどんな神話を描いていますか?
狩猟の女神ディアナが、侍女カリストがユピテルによって身ごもらされていたことを見抜く場面を描いている。
Q. 対になる作品はあるのですか?
「ディアナとアクタイオン」が対作品として構想されており、同じ所蔵形態をとっている。
Q. なぜ2つの美術館が共同で所蔵しているのですか?
2009年と2012年、ナショナル・ギャラリーとスコットランド国立美術館が共同で購入したためである。
Q. この絵はどんな連作の一部ですか?
スペイン王フェリペ2世のためにティツィアーノが手がけた「ポエジエ」と呼ばれる神話画連作の一枚である。
まとめ
《ディアナとカリスト》は、1本の指し示す指によって、隠されていた秘密が暴かれる瞬間を鮮烈に捉えた1枚だ。対作品「ディアナとアクタイオン」との緻密な連携のなかに、ティツィアーノが晩年に到達した壮大な物語構成の技巧が息づいている。
