《フローラ(独:Flora)》は、フランドルの画家ヤン・マサイスが1559年に手がけた油彩画で、現在はハンブルク美術館(ハンブルガー・クンストハレ)に所蔵されている。花と豊穣の女神フローラが庭園でくつろぐ姿を描いたこの絵は、背景にアントウェルペンの町並みを配することで、単なる神話画を超えた意味を担っている。今回はこの絵を手がけた画家の波乱に満ちた経歴と、女神の姿に込められた都市への祝福について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ヤン・マサイス(1509頃〜1575) |
| 制作年 | 1559年 |
| 技法・素材 | 油彩・オーク板 |
| サイズ | 約113.2×112.9cm |
| 所蔵 | ハンブルク美術館(ドイツ) |
一言でいうと
花の女神が石造りのベンチにくつろぐその足元に、実在する港町アントウェルペンの町並みを広げてしまう。神話と実景を大胆に重ね合わせた、いわば都市そのものへの祝福を描いた一枚。
制作背景
追放と亡命を経た画家
ヤン・マサイスは、フランドル絵画の巨匠クエンティン・マサイスの息子として生まれ、父の工房を1530年に継いだ。しかし1544年、彼はアントウェルペンから追放されるという苦難に見舞われ、フランスやイタリアで亡命生活を送ることになる。1555年になってようやくアントウェルペンへの帰還が許され、この《フローラ》はその帰還から数年後に制作された作品にあたる。
フォンテーヌブロー派を思わせる裸体表現
マサイスは女性の裸体を描く画家として知られており、その作風はフランス滞在中に接したフォンテーヌブロー派の様式を強く思わせるものになっている。滑らかな肌の質感と、洗練された官能性を帯びた人物表現は、彼の亡命経験がもたらした様式的な影響を物語っている。
弟コルネリスが手がけた可能性のある背景
画面奥に広がるアントウェルペンの風景部分は、マサイス自身ではなく、風景画を専門としていた弟コルネリス・マサイスの手によるものではないかと考えられている。兄弟がそれぞれの得意分野を分担して一枚の絵を仕上げるという協業のあり方は、当時のフランドル工房ではしばしば見られたことだった。
見どころ

カーネーションを掲げるフローラ
画面中央、花と豊穣を司るローマの女神フローラが、赤と白のカーネーションを一房手にして掲げている。このカーネーションは愛と幸運を象徴するとされ、満ち足りた表情を浮かべる女神の姿とあわせて、平和と繁栄への祝福を表している。
足元に広がるアントウェルペンの港
フローラの背後、シェルデ川沿いに広がるのは、当時のアントウェルペンの実際の町並みだ。女神がまるでこの都市の上に浮かぶように配置されることで、彼女の祝福がそのままこの港町の繁栄へと重ね合わされている。
豪奢な衣とあらわな肌
フローラは透けるような薄布と豪華な赤いスカートをまとい、上半身をあらわにした姿で描かれている。この官能的な描写は、当時人気を博していたヴェネツィア派のヴィーナス像やニンフ像の系譜にも連なるものとされる。
花束と装身具の緻密な描写
フローラの膝の上には色とりどりの花束が置かれ、腕には金の腕輪、腰には宝石をあしらったベルトが巻かれている。こうした細部の緻密な描写は、当時のアントウェルペンが誇った工芸品や染織技術の豊かさをも間接的に伝えている。
実際に見るには
本作はドイツ・ハンブルクのハンブルク美術館に所蔵されており、同館を代表する所蔵作品の一つとされている。2003年には大規模な修復を経て、16世紀から17世紀の関連する版画作品とあわせた特別展示も行われている。
よくある誤解
この絵はしばしば「単なる神話上の女神を描いた裸体画」として紹介されがちだが、実際には背景に実在の都市アントウェルペンを配することで、神話的な寓意と都市への賛歌という2つの意味を同時に担っている。単なる官能的な人物画としてではなく、繁栄する商業都市への祝福を込めた都市寓意画として見ることで、この絵の本来の意図がより見えてくる。
FAQ
Q. 《フローラ》はどこで見られますか?
ドイツのハンブルク美術館に所蔵されている。
Q. 背景に描かれている都市はどこですか?
シェルデ川沿いに広がるアントウェルペンの町並みが描かれている。
Q. 背景の風景は誰が描いたのですか?
ヤン・マサイス自身ではなく、風景画を専門とした弟コルネリス・マサイスの手による可能性が指摘されている。
Q. なぜヤン・マサイスはフランスやイタリアで様式を学んだのですか?
1544年にアントウェルペンから追放され、1555年に帰還するまでの間、フランスやイタリアで亡命生活を送っていたためである。
Q. フローラが手にしている花には意味がありますか?
赤と白のカーネーションを手にしており、愛と幸運を象徴するとされている。
まとめ
《フローラ》は、花の女神という神話的な題材を借りながら、実は当時繁栄を誇っていたアントウェルペンという都市そのものへの祝福を描いた一枚だ。亡命という苦難を経て故郷に戻った画家が、この絵に込めた都市への思いは、女神の穏やかな微笑みのなかに静かに息づいている。
