《LIS》は、ハンガリー出身の芸術家ラースロー・モホリ=ナジが1922年に手がけた油彩画で、現在はチューリヒ美術館(クンストハウス・チューリヒ)に所蔵されている。灰色がかった画面のなかに、垂直の線と円が静かに交差するこの絵は、モホリ=ナジがバウハウスの教員に招かれる直前に描かれた一枚だ。今回はこの絵が生まれた時期の背景と、彼が構成主義から吸収した造形言語について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ラースロー・モホリ=ナジ(1895〜1946) |
| 制作年 | 1922年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約131×100cm |
| 所蔵 | チューリヒ美術館(スイス) |
| 収蔵年 | 1981年 |
一言でいうと
垂直の線と大きな円が静かに重なり合うだけの画面が、モホリ=ナジにとってはロシア構成主義とデ・ステイルという2つの潮流を自分なりに消化した実験の記録になっている。
制作背景
バウハウス着任直前の一枚
この絵が描かれたのは1922年、モホリ=ナジがヴァイマルのバウハウスに教員として招かれる直前の時期にあたる。構成主義に位置づけられるこの作品は、彼の代表作の一つとされており、彼がバウハウスに着任した1923年以降に本格化する造形理論の、いわば下地となった時期の成果といえる。
ロシア構成主義とデ・ステイルからの影響
モホリ=ナジはこの絵をはじめ、1920年代初頭の一連の作品のなかで、ロシア構成主義の造形言語と、オランダの芸術家集団デ・ステイルの理論を自分なりに取り入れている。垂直・水平の線と純粋な色面による構成という考え方は、この時期のヨーロッパ前衛美術に広く共有されていた発想だった。
絵画は「不要にならない」という信念
同時代の前衛芸術家のなかには、絵画というメディア自体が古い技術になり、写真や映画に取って代わられると考える者も少なくなかった。しかしモホリ=ナジはこの考えに与しなかった。彼は、人間が感覚を保っているかぎり視覚的な成果を求め続ける以上、色彩による調和を作り出す行為は、いわば生命維持のためにも欠かせないものであり続けるという趣旨のことを書き残している。
個人コレクターを経てチューリヒ美術館へ
この絵はのちに美術史家であり美術商でもあったハンス=ヘルムート・クリームの所蔵となり、彼のコレクションの一部となった。1981年、クリームの死後、未亡人エリカがこの絵をチューリヒ美術館に売却し、以来同館の収蔵品として登録されている。
見どころ

垂直に伸びる線の束
画面左寄りには、黒や白、黄色、水色といった細い縦線が束になって立ち上がっている。それぞれ長さも太さも異なるこれらの線は、まるで建築の骨組みのような印象を与え、画面に静かな緊張感をもたらしている。
画面を横切る大きな円
画面中央からやや右寄りには、半透明の大きな円が配置され、その下にある線や色面と重なり合っている。円と直線という対照的な形が同じ画面のなかで共存することで、幾何学的でありながら決して硬直しない、柔らかな均衡が生まれている。
色面による領域分割
画面全体は、灰色がかった茶色を基調にしながら、右端の水色や下部のグレーといった大きな色面によっていくつかの領域に分割されている。赤や黄色の細い帯がアクセントとして差し込まれ、単調になりがちな画面に変化を与えている。
タイトル「LIS」の簡潔さ
モホリ=ナジはこの時期、多くの作品に記号的で簡潔なタイトルをつけていた。「LIS」という短い題名も、具体的な事物を指し示すのではなく、純粋に造形的な実験としてこの絵を提示しようとする姿勢を反映していると考えられる。
実際に見るには
本作はチューリヒ美術館に所蔵されている。同時期にモホリ=ナジが手がけた関連作品は、ビーレフェルトのクンストハレやミュンスターのヴェストファーレン州立美術館など、複数のドイツの美術館にも分かれて所蔵されており、あわせて見ることで彼が1920年代初頭に追求していた造形実験の広がりを知ることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「単なる幾何学的な抽象画」として片付けられがちだが、実際にはロシア構成主義とデ・ステイルという、当時のヨーロッパ前衛美術における2つの大きな潮流を、モホリ=ナジ自身の視点で消化し直した成果である。単なる様式の模倣ではなく、絵画というメディアの存在意義そのものを彼が問い直していた時期の作品として見ることで、この絵の位置づけがより明確になる。
FAQ
Q. 《LIS》はどこで見られますか?
チューリヒ美術館に所蔵されている。
Q. この絵はいつ、どんな時期に描かれましたか?
1922年、モホリ=ナジがヴァイマルのバウハウスに教員として招かれる直前に制作された。
Q. この絵はどんな様式に分類されますか?
構成主義に位置づけられ、ロシア構成主義とデ・ステイルの理論からの影響が指摘されている。
Q. モホリ=ナジは絵画の将来をどう考えていましたか?
写真や映画の台頭にもかかわらず、人間が視覚的な調和を求め続けるかぎり絵画は不要にならないという考えを持っていた。
Q. この絵はいつチューリヒ美術館に収蔵されたのですか?
1981年、コレクターだったハンス=ヘルムート・クリームの死後、未亡人によって同館に売却された。
まとめ
《LIS》は、垂直の線と円というごく単純な要素だけで構成されながら、モホリ=ナジが自らの造形理論を模索していた過渡期の緊張感を静かに宿した一枚だ。バウハウスでの本格的な活動が始まる直前のこの絵には、彼がのちに展開していく思想の芽が、すでにいくつも埋め込まれている。
