《ティトゥス帝によるエルサレムの破壊(独:Die Zerstörung Jerusalems durch Titus)》は、ドイツの画家ヴィルヘルム・フォン・カウルバッハが1846年に完成させた油彩画で、現在はミュンヘンのノイエ・ピナコテークに所蔵されている。西暦70年、ローマの将軍ティトゥスによるエルサレム陥落という古代史の一場面を、40平方メートルに及ぶ巨大な画面いっぱいに描き込んだこの絵は、完成当時から破格の値段で買い取られた歴史画の代表作だ。今回はこの絵の成り立ちと、画面に込められた作者独自の解釈について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ヴィルヘルム・フォン・カウルバッハ(1804〜1874) |
| 制作年 | 1846年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約40平方メートル |
| 所蔵 | ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)第13室 |
| 購入金額 | 35,000グルデン(当時の記録的な高額) |
一言でいうと
古代エルサレム陥落という史実を舞台に、燃える神殿と絶望する人々、そして天上から見守る天使たちを一枚の画面に詰め込んだ、まさに劇場の緞帳を思わせる巨大な歴史画。
制作背景
契約破棄からルートヴィヒ1世の買い上げへ
この絵の制作は、1836年にアンゲリナ・フォン・ラジヴィウ公妃がカウルバッハに依頼したことから始まった。ところが公妃は1838年9月、突然この契約を打ち切ってしまう。制作の経過に関心を寄せていたバイエルン国王ルートヴィヒ1世は、この記念碑的な画面サイズを自ら指示し、1846年に完成した絵を35,000グルデンという当時としては記録的な高額で購入した。1853年にノイエ・ピナコテークが開館すると、この絵はギャラリーの中央の間に飾られることになった。
説明用の小冊子まで用意された図像
カウルバッハはこの絵の解釈を人々に伝えるため、1840年に内容を説明する小冊子まで印刷させている。それだけ複雑で多層的な図像プログラムを、この一枚に盛り込もうとしていたことがうかがえる。
当時の時代背景との重なり
この絵が構想された時期のヨーロッパでは、ユダヤ教徒の市民的解放をめぐる議論が進行していた。カウルバッハはこの古代の出来事を、単なる史実の再現ではなく、人類史における宗教的・文化的な転換点として描き直そうとしたとされている。
見どころ

燃え上がる神殿と地獄めいた光景
画面左上には、2度目の破壊を迎えるエルサレム神殿が炎に包まれる様子が、地獄のような光景として描かれている。崩れゆく柱や逃げ惑う人々の群像が、都市が陥落する瞬間の混乱を生々しく伝えている。
自害する大祭司とその家族
画面中央には、自ら命を絶とうとする大祭司の姿が描かれ、その傍らでは妻が自分も先に殺してほしいと懇願している。その隣には彼らの子どもたちの姿も配されており、陥落する都市のなかで起きる個人の悲劇が、群像のなかにひときわ強く刻まれている。
「さまよえるユダヤ人」とキリスト教徒一家の対比
画面の構成はおおまかに左右2つに分かれており、左側にはユダヤ教とユダヤの民、右側にはキリスト教とキリスト教徒の家族が配置されている。カウルバッハ自身の解釈によれば、左側で復讐の女神たちに追い立てられる老人は「永遠のユダヤ人」、すなわち当時のユダヤ教を代表する存在とされ、右側では光り輝く聖杯を掲げる天使たちに守られながら、キリスト教徒の一家がエジプト逃避の図像を思わせる姿で滅びゆく都市を脱出していく。この対比的な図像は、後世の研究でも論じられており、当時の反ユダヤ的な言説との関連が指摘されている。
天上に浮かぶ審判の場面
画面上部には、剣や松明を手にした天使たちと、トランペットを吹く一団、そして「S.P.Q.R.」の文字が記された旗を掲げる人物が描かれている。地上の惨劇を見下ろすようにこの天上の場面が配置されることで、絵全体に宗教的な審判の意味合いが加えられている。
実際に見るには
本作はミュンヘンのノイエ・ピナコテークに所蔵されている。同館にはカウルバッハの他の代表作、たとえば「フン族の戦い」なども収蔵されており、あわせて見ることで彼が得意とした群像による歴史画の作風をより広く知ることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「古代エルサレム陥落を再現した歴史画」として単純に紹介されがちだが、実際には作者自身が19世紀当時の宗教的・文化的な議論を反映させた寓意的な図像プログラムを組み込んでおり、史実の再現以上の意味を持たされている。とりわけ左右の対比構造には、制作当時のヨーロッパ社会における宗教的な緊張が色濃く投影されている点は見過ごされやすい。
FAQ
Q. 《ティトゥス帝によるエルサレムの破壊》はどこで見られますか?
ミュンヘンのノイエ・ピナコテークに所蔵されている。
Q. この絵はどんな史実を描いていますか?
西暦70年、ローマの将軍ティトゥスによるエルサレム攻囲と神殿の破壊という出来事を描いている。
Q. なぜこれほど巨大な画面サイズなのですか?
制作の経過を見守っていたバイエルン国王ルートヴィヒ1世が、この記念碑的なサイズを自ら指示したためである。
Q. 画面の左右にはどんな対比が描かれていますか?
左側にはユダヤ教徒の悲劇、右側には天使に守られて都市を脱出するキリスト教徒の一家が描かれ、対照的に配置されている。
Q. この絵はいくらで購入されたのですか?
1846年、バイエルン国王ルートヴィヒ1世が35,000グルデンという当時の記録的な金額で購入した。
まとめ
《ティトゥス帝によるエルサレムの破壊》は、古代史の一場面を借りながら、19世紀当時の宗教的な議論までも画面に織り込んだ、単なる歴史の再現を超える一枚だ。巨大な画面いっぱいに広がる群像劇のなかに、カウルバッハが込めた複雑な意図を読み解くことで、この絵の本来の重みがより見えてくる。
