《ウィリアム・チャルマーズ・ベスーン、妻イソベル・モリソン、娘イザベラ・マクスウェル・モリソン》とは

スコットランド国立美術館群が所蔵するこの肖像画は、スコットランドの画家デイヴィッド・ウィルキーが1804年、まだ19歳前後だったころに描いた家族の肖像だ。派手な事件も劇的な物語もない、ただフィファ州の地主一家を描いただけの絵だが、若きウィルキーがどんな画家を手本にしていたのかがよくわかる一枚でもある。今回はこの絵の来歴と、描かれた3人の人物について書いてみる。

目次

基本情報

項目内容
作者デイヴィッド・ウィルキー(1785〜1841)
制作年1804年
所蔵スコットランド国立美術館群(収蔵番号NG2433)
描かれた人物ウィリアム・チャルマーズ・ベスーン(1744〜1807)、妻イソベル・モリソン(1760〜1850)、娘イザベラ・マクスウェル・モリソン(1795〜1818)

一言でいうと

フィファ州の地主一家3人を描いただけの肖像画でありながら、当時19歳のウィルキーがレイバーンという先達の作風をどれだけ吸収していたかが伝わってくる、いわば若手画家の腕試しのような一枚。

制作背景

フィファ州でつながる縁

この絵に描かれた一家は、ウィルキー自身の出身地と同じフィファ州の家柄だった。地元のつながりから肖像の依頼が舞い込んだと考えられており、地方の画家が地元の名家から仕事を得るという、当時としてはごく自然な経緯で生まれた作品といえる。

「ピトレシー・フェア」と同時期の仕事

興味深いのは、この肖像画がウィルキーの代表作の一つ《ピトレシー・フェア》とほぼ同じ時期に描かれているという点だ。こちらもまた別のフィファ州の地主のために制作されたもので、この時期のウィルキーがフィファの人脈のなかで仕事を得ながら画家としての地歩を固めていった様子がうかがえる。

レイバーンからの影響

美術史的に見て、この絵にはヘンリー・レイバーンの影響がはっきりと表れているとされている。スコットランド肖像画の大家であったレイバーンの、簡潔な筆致と人物の存在感を前面に出す構図は、若きウィルキーにとって手本そのものだったのだろう。

見どころ

Wilkie, David; William Chalmers Bethune (1744-1807), his Wife Isobel Morison (1760-1850) and their Daughter Isabella Maxwell Morison (1795-1818); National Galleries of Scotland; http://www.artuk.org/artworks/william-chalmers-bethune-17441807-his-wife-isobel-morison-17601850-and-their-daughter-isabella-maxwell-morison-17951818-210850

中心に立つ娘イザベラ

画面中央には、白いドレスに赤い帯を締めた娘イザベラが配置されている。両親のあいだに割って入るように前面に出されたこの構図は、家族の中心にいるのが子どもであることを視覚的に示しているようだ。まだあどけなさの残る頬の赤みが、大人2人の落ち着いた色調のなかで柔らかなアクセントになっている。

どっしりと構える父ウィリアム

右側に描かれた父ウィリアム・チャルマーズ・ベスーンは、緑の上着に白いベストという装いで、いかにも地主然とした恰幅の良さで描かれている。表情に強い感情の起伏はなく、静かにその場に腰を据えている様子から、当時の地方名士としての落ち着きが伝わってくる。

娘に寄り添う母イソベル

左側の母イソベル・モリソンは、羽根飾りのついた帽子をかぶり、娘の腕にそっと自分の手を添えている。厳格さよりも柔らかさの感じられる表情で、家族の情愛をさりげなく示す役割を担っている。

背景の赤いカーテン

3人の背後には赤褐色のカーテンが大きく垂れ下がっており、当時の肖像画によく見られる舞台装置的な役割を果たしている。落ち着いた色調の衣装との対比によって、人物の姿がより強く前面に浮かび上がって見える。

その後の来歴

この絵は長らく個人の所蔵であったとみられるが、1985年にスコットランド国立美術館群がバロジル・キース遺贈基金を主な原資として購入し、あわせてラザフォード基金、レアード・マクドゥーガル基金、カウアン・スミス遺贈基金からも資金が充てられた。複数の基金を組み合わせて美術館入りしたという経緯からも、この作品が丁寧に迎え入れられたことがうかがえる。

実際に見るには

本作はエディンバラのスコットランド国立美術館群に所蔵されている。同時期の作品《ピトレシー・フェア》とあわせて見ると、若き日のウィルキーがどのような画風を追い求めていたのかがより立体的に見えてくる。

よくある誤解

この絵はしばしば「よくある18世紀末の家族肖像画の一枚」として片付けられがちだが、実際には同時代のスコットランド肖像画の巨匠レイバーンからの影響を色濃く受けた作品であり、ウィルキーがのちに風俗画家として名を上げる前段階の姿を伝える資料としても価値がある。

FAQ

Q. この絵はどこで見られますか?
エディンバラのスコットランド国立美術館群に所蔵されている。

Q. 描かれている3人はどんな関係ですか?
夫のウィリアム・チャルマーズ・ベスーン、妻イソベル・モリソン、そして2人の娘イザベラ・マクスウェル・モリソンの家族3人である。

Q. なぜウィルキーがこの一家を描くことになったのですか?
描かれた一家がウィルキー自身の出身地であるフィファ州の家柄で、地元のつながりから依頼を受けたと考えられている。

Q. この絵はいつ美術館に収蔵されたのですか?
1985年、複数の基金を組み合わせる形でスコットランド国立美術館群が購入した。

Q. この絵にはどんな画家の影響が見られますか?
スコットランド肖像画の大家ヘンリー・レイバーンの影響が指摘されている。

まとめ

この肖像画は、劇的な逸話こそないものの、若きウィルキーが地元フィファ州の人脈のなかで腕を磨いていった過程を静かに物語る一枚だ。中央に据えられた娘イザベラの姿を軸に、家族という小さな単位を丁寧にすくい取ったこの絵は、後年風俗画で名を成すウィルキーの原点のひとつとして見ることができる。

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