パリのルーヴル美術館に、ひとりの父親が息子たちの遺体から目を背けている絵がある。ジャック=ルイ・ダヴィッドが1789年に発表した《ブルートゥス邸に息子たちの遺骸を運ぶ警士たち(仏:Les licteurs rapportent à Brutus les corps de ses fils)》だ。古代ローマ史の一場面を借りたこの絵は、発表のタイミングがあまりに絶妙だったことで、単なる歴史画を超えた意味を持つことになった。今日はこの絵の背景と、画面の中に仕込まれた対比の仕掛けについて書いてみる。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748〜1825) |
| 制作年 | 1787〜89年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 323×422cm |
| 所蔵 | ルーヴル美術館(パリ) |
| 主題 | ルキウス・ユニウス・ブルータスと処刑された息子たち |
一言でいうと
共和国のために我が子を死刑にした父親が、その遺体が運ばれてくる瞬間に目もくれない。ダヴィッドはこの絵で、国家への忠誠と父としての情という、決して両立しない2つのものを1枚の画面に押し込めてしまった。
制作背景
ブルータスという男
主人公のルキウス・ユニウス・ブルータスは、ローマ最後の王タルクィニウスの圧政を終わらせ、共和政ローマを打ち立てた人物とされる。ところがその後、自分の息子たちが王政復古を企てる陰謀に加担していたことが発覚してしまう。ブルータスは自ら定めた反逆罪の掟に従い、我が子の死刑を自らの手で決定した。この絵が描いているのは処刑の場面そのものではなく、警士(リクトル)たちが処刑を終えた息子たちの遺体を屋敷に運び込んでくる、その帰宅の瞬間だ。
サロンとバスティーユ襲撃
制作は1787年に始まり、完成までに2年ほどかかっている。発表の場となった1789年のサロンは、バスティーユ襲撃からわずか6週間後というタイミングだった。会場が閉幕した10月6日は、奇しくもヴェルサイユからルイ16世一家が民衆によって連れ出され、テュイルリー宮殿に軟禁された日と重なっている。国家への忠誠のために家族を犠牲にするという主題は、政治的に不安定なこの時期のパリで、否応なく現実の出来事と重ねて読まれることになった。
見どころ

Detail de l’image :
Numéro d’oeuvre : RMN165087
Cote cliché : 88-001960-02
N° d’inventaire : INV3693
Fonds : Peintures
Titre : Les Licteurs rapportent à Brutus les corps de ses fils
Auteur : David Jacques Louis (1748-1825)
Crédit photographique : (C) RMN (Musée du Louvre) / Gérard Blot / Christian Jean
Période : 19e siècle, période contemporaine de 1789 à 1914
Technique/Matière : huile sur toile
Hauteur : 3.230 m.
Longueur : 4.220 m.
Localisation : Paris, musée du Louvre
Conditions d’utilisation : Elisabeth Lemirre – Malaise dans la peinture. À propos de La Mort de Marat – 15/1/2012 – Type de facturation : x Achat InternetSupport : Edition de livresTirage : 0 à 1500Territoire : un pays/une seule languesupport : fac similé – JPEG – 4000X6000 pixels
© RMN (Musée du Louvre) / Réunion des Musées Nationaux
目をそらすブルータス
画面左手前、女神ローマ像の影に座るブルータスは、こちらに背を向けるように腰掛けている。表情はほとんど読み取れないが、握りしめた足の指先や、反逆罪の勅令を握る右手の緊張が、彼の内心の動揺を物語っている。息子たちの遺体が運び込まれてきても、彼は決して振り返らない。
崩れ落ちる妻と娘たち
画面右側には、事の次第を知って動揺する女性たちの群像が配置されている。手を宙に伸ばして叫ぶような仕草を見せる妻、その足元にすがりつく娘たち。理性で己を律する父と、感情を抑えきれない母子という対照が、光と影の使い分けによってさらに際立てられている。
テーブルの上の裁縫道具
2人の間に置かれた朱色のテーブルには、裁縫用の鋏や布が無造作に置かれている。何気ない静物のようでいて、これは家庭という日常の場に、処刑という国家の論理が土足で踏み込んできたことを示す小道具だ。
発表当時の反響
この絵の主題は、当時のフランスでかなり際どいものだったらしい。政府がこの絵の展示を差し止めようとしたという新聞報道もあり、それに反発した人々が展示を後押しし、最終的には美術学生たちが絵を守るようにして会場に飾られたという逸話が伝えられている。真偽のほどはともかく、この絵がそれだけ政治的な火種として受け止められていたことは間違いない。
実際に見るには
本作はパリのルーヴル美術館に所蔵されている。同じくダヴィッドが手がけた《ホラティウス兄弟の誓い》や《ソクラテスの死》と並べて見ると、彼が革命前夜のフランスでどのような主題を選び続けていたかがよく見えてくる。
よくある誤解
この絵はしばしば「家族愛の悲劇」として紹介されがちだが、ダヴィッド自身が描きたかったのはむしろその逆、家族の情を押し殺してでも国家の掟を優先する人間の姿だ。ブルータスが振り返らないという一点にこそ、この絵の核心がある。
FAQ
Q. 《ブルートゥス邸に息子たちの遺骸を運ぶ警士たち》はどこで見られますか?
パリのルーヴル美術館に所蔵されている。
Q. ブルータスの息子たちはなぜ処刑されたのですか?
王政復古を企てる陰謀に加担したためで、ブルータス自身が定めた反逆罪の掟に従って死刑が決定された。
Q. なぜこの絵が政治的に話題になったのですか?
発表のタイミングがバスティーユ襲撃直後で、国家のために家族を犠牲にするという主題が、当時の革命的な気分と重ねて受け取られたため。
Q. 画面の中で対比されているのは何ですか?
理性で感情を抑え込むブルータスと、悲しみを露わにする妻や娘たちの姿が、光と影の使い分けによって対比されている。
Q. この絵はいつ描かれましたか?
1787年に着手され、1789年のサロンで初めて公開された。
まとめ
《ブルートゥス邸に息子たちの遺骸を運ぶ警士たち》は、国家への忠誠と親としての情、そのどちらも本物でありながら決して両立しない2つの感情を、1枚の画面に同居させた絵だ。振り返らない父の背中こそが、この絵がいちばん見せたかったものなのかもしれない。
