《ユリシーズとセイレーン》とは|ウォーターハウスが描いた鳥女の恐怖を徹底解説

《ユリシーズとセイレーン》は、イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが1891年に手がけた油彩画で、現在はオーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館に所蔵されています。ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の一場面を描いたこの作品は、セイレーンを人魚としてではなく、鳥の身体を持つ怪物として描いている点が大きな特徴です。この記事では、この絵がどのような物語を描いているのか、そしてなぜセイレーンがこれほど恐ろしい姿で表現されているのかを見ていきます。

目次

《ユリシーズとセイレーン》とは — 基本情報

項目内容
作者ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849〜1917)
制作年1891年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ100.6×202cm
所蔵ヴィクトリア国立美術館(メルボルン、オーストラリア)
典拠ホメロス『オデュッセイア』

一言でいうと

《ユリシーズとセイレーン》は、船乗りを死に誘う怪物セイレーンを、人魚ではなく「鳥の体に女性の顔」を持つ捕食者として描くことで、この神話が本来持っていた恐怖をあらためて呼び起こした作品です。

制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

『オデュッセイア』の名場面

本作の主題は、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場する有名な一場面です。セイレーンは、その美しい歌声によってすべての船乗りを遭難させてしまう存在として恐れられていました。魔女キルケからこの危険を警告された英雄ユリシーズ(ローマ名、ギリシア名はオデュッセウス)は、部下たちの耳を蝋で塞がせ、自らは帆柱に身体を縛りつけさせることで、歌声を聴きながらも海に飛び込まずに済むよう対策を講じ、なんとかこの危険な航路を乗り切ったと伝えられています。

ラファエル前派の流れを汲む画家

ウォーターハウスは、両親ともに画家という家庭にローマで生まれ、5歳のときにロンドンへ移り住みました。父のもとで絵画を学んだのち英国王立美術院に入り、1874年には古典的な寓意画『「眠り」と異母兄弟の「死」』を発表して好評を博しています。ラファエル前派の流れを汲む画家として知られ、ギリシア神話や文学作品から着想を得た作品を数多く手がけました。1891年には本作のほかにも、同じ『オデュッセイア』を主題とした『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』も制作しています。

見どころ徹底解説

「人魚」ではなく「鳥女」という選択

セイレーンといえば人魚を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、これは誤解です。古代ギリシアにおいてセイレーンは、首から上が女性、胸から下が鳥という「鳥女」の姿を持つ怪物として語り継がれてきました。ホメロス自身はセイレーンの外見について具体的に描写していませんが、ウォーターハウスはこの古い伝承をあえて採用し、大きな翼を広げた捕食者のような姿でセイレーンたちを描いています。人魚のイメージが広まったのは、ギリシア語で「鳥の翼」を意味する単語の複数形が、「魚のヒレ」を意味する単語と同音になることに由来するとも言われています。

帆柱に縛られたユリシーズ

画面中央には、帆柱にしっかりと縛りつけられたユリシーズの姿が描かれています。身体を前のめりに傾け、セイレーンの歌声に引き寄せられそうになりながらも、縄によって押しとどめられているその様子から、理性と本能のせめぎ合いが視覚的に伝わってきます。

船を取り囲む鳥女たち

複数のセイレーンが船の周囲を飛び交い、なかには船縁ぎりぎりまで舞い降りて乗組員に迫るものも描かれています。恐ろしくも美しいその姿は、単なる神秘的な誘惑者としてではなく、明確な捕食者としてのセイレーン像を強調しています。耳を塞いで懸命に櫂を漕ぐ船員たちの緊迫した表情も、画面全体の緊張感を高めています。

実際に見るには

本作はオーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館に所蔵されています。同じ1891年に制作された『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』はイギリス・オールダム美術館に所蔵されており、あわせて鑑賞することで、ウォーターハウスが『オデュッセイア』という物語をどのように連作として描いていたかを知ることができます。

よくある誤解

本作はしばしば「人魚に誘惑される船乗りを描いた絵」として紹介されがちですが、実際にはセイレーンを鳥の身体を持つ怪物として描いており、人魚のイメージとは明確に異なっています。ウォーターハウス自身、この鳥の要素を強く打ち出した表現に必ずしも満足していなかったとも考えられており、後年には異なる姿でセイレーンを描いた作品も手がけています。

FAQ

Q. セイレーンはなぜ鳥の姿で描かれているのですか?
古代ギリシアの伝承において、セイレーンは首から上が女性、胸から下が鳥という「鳥女」の姿を持つ怪物とされていたためです。

Q. ユリシーズはなぜ帆柱に縛られているのですか?
セイレーンの歌声を聴きながらも海に飛び込んで遭難しないよう、自らの意思で身体を縛りつけさせたためです。

Q. なぜ部下たちは耳を塞いでいるのですか?
セイレーンの歌声を聴くと正気を失ってしまうため、蝋で耳を塞いで危険を回避しています。

Q. なぜセイレーンは人魚だと誤解されがちなのですか?
ギリシア語で「鳥の翼」を意味する単語の複数形が「魚のヒレ」と同音になることから、のちに人魚のイメージへと変化していったためです。

Q. 同じ主題の関連作品はありますか?
同じ1891年に制作された『オデュッセウスに杯を差し出すキルケ』があり、イギリスのオールダム美術館に所蔵されています。

まとめ

《ユリシーズとセイレーン》は、人魚という後世のイメージにとらわれず、鳥の身体を持つ本来の恐ろしい怪物としてセイレーンを描き直した作品です。帆柱に縛られたユリシーズの緊張した姿と、船を取り囲む鳥女たちの迫力が、古代の物語が本来持っていた危険な魅力をあらためて伝えています。

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