《合奏》(英:The Concert)は、オランダの画家ヨハネス・フェルメールが1663年から1666年ごろに手がけた油彩画で、かつてアメリカ・ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に所蔵されていました。リュートを弾く男性とチェンバロを弾く女性、歌う女性の3人を描いたこの静謐な室内画は、1990年に発生した美術史上最大級の盗難事件によって美術館から姿を消し、35年以上を経た今もなお行方が分かっていません。この記事では、この絵の見どころと、いまだ解決を見ない盗難事件の経緯を見ていきます。
《合奏》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ヨハネス・フェルメール(1632〜1675) |
| 制作年 | 1663〜1666年ごろ |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約72.5×64.7cm |
| 旧所蔵先 | イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ボストン、現在は行方不明) |
| 対の作品 | 『音楽の稽古』(ロイヤル・コレクション、セント・ジェームズ宮殿) |
一言でいうと
《合奏》は、リュートを弾く男性、チェンバロを弾く女性、拍子を取りながら歌うもう一人の女性という3人の親密な演奏風景を、フェルメール特有の柔らかな光のなかにとらえた作品です。今この瞬間をこっそり覗き見たかのような親密な空気感こそが、本作最大の魅力です。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
音楽が語る親密さ
17世紀オランダにおいて、音楽は文化と密接に結びついた主題でした。当時の画家たちはしばしば楽器や合奏の場面を通じて、愛や親密さを暗示的に表現しています。フェルメールにとっても音楽のある情景は身近な題材であり、本作はそうした室内画のなかでもとりわけ自然で親密な雰囲気を持つ一枚として評価されています。
ロンドンに残る「対」の作品
本作とほぼ同じ大きさ、よく似た主題を持つ作品に『音楽の稽古』があります。この作品は現在ロンドンのロイヤル・コレクションに収められており、2作は制作の意図やモティーフの上で深く関連づけられていると考えられています。ただし本作のほうが3人の距離が近く描かれており、より親密な関係性を感じさせる構図になっている点が指摘されています。
見どころ徹底解説

3人の演奏者たち
画面には、鑑賞者に背を向けてリュートを弾く男性、チェンバロに向かう女性、そして楽譜を手に立ちながら歌い拍子を取る女性の3人が描かれています。フェルメール特有の、窓から差し込む柔らかな光と、丁寧に描き込まれた室内の調度品が、静かな音楽の時間をより一層引き立てています。
道徳的な寓意という解釈
本作はもともとフェルメールの義母が所有していたことが分かっています。この絵に描かれた3人の親密な距離感や構図が、フェルメールの別の作品《取り持ち女》とどこか通じる部分があることから、本作を誘惑や不義の恋愛に対する道徳的な警告として読み解く研究者もいます。単なる和やかな音楽の場面ではなく、当時の観る者にとってはより複雑な意味を帯びていた可能性があるのです。
来歴 — ガードナー夫人のコレクションへ
本作は1696年にアムステルダムで売却された記録がある一方、それ以降1780年までの所在は分かっていません。その後、アメリカの慈善家であり美術収集家でもあったイザベラ・スチュワート・ガードナーが、1892年にパリで開催されたオークションで5000ドルで落札し、1903年に自らボストンに創設した美術館で公開しました。ヴェネツィア宮殿風の建物と美しい中庭を特徴とするこの美術館は、もともとガードナー夫人自身の邸宅でもありました。
事件 — 美術史上最大級の盗難
1990年3月18日未明、聖パトリックデーの祝祭ムードで警備が手薄になっていたところを狙い、ボストン市警の警察官を装った2人組の強盗が美術館に押し入りました。警備員を拘束したうえで、彼らは本作を含め、レンブラントの『ガリラヤの海の嵐』(彼の唯一の海景画)や自画像など3点、エドガー・ドガの素描5点、エドゥアール・マネの『トルトニ亭にて』、さらに中国製の銅器など、計13点を盗み出しています。被害総額は当時の推定で5億ドル相当、なかでも《合奏》単体の価値は1億ドルから2億ドルにものぼるとされました。
盗まれたフェルメール作品はこれまでにも何度か発生しており、その多くは再発見されてきましたが、本作だけは同時に盗まれた他の作品とともに、今もなお行方不明のままです。美術館創設者ガードナー夫人の遺言により、作品は動かしたり配置を変えたりしてはならないと定められているため、盗まれた絵が飾られていた壁には、現在も空の額縁だけが掛けられ続けています。美術館は返還につながる情報に500万ドルの懸賞金を用意していますが、事件は35年以上を経た今もなお未解決のままです。この事件は2005年のドキュメンタリー映画『消えたフェルメールを探して』や、Netflixのドキュメンタリーシリーズでも取り上げられ、広く知られるようになりました。
陶板による原寸大の復元
日本の大塚国際美術館(徳島県鳴門市)は、事件発生から35年を迎えた2025年3月18日、本作を陶板で原寸大に再現し、常設展示として公開しました。盗難当時の額縁についても、彫刻家であり大塚美術財団評議員でもある池田清史が現地調査を重ね、制作方法まで詳細にリサーチしたうえで再現しています。
実際に見るには
原画は行方不明のままですが、日本の大塚国際美術館では陶板による原寸大の複製を鑑賞することができます。イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館では、本作が本来飾られていた場所に空の額縁が今も掲げられており、訪れる者に事件の重みを静かに伝え続けています。
よくある誤解
本作はしばしば「単なる盗まれた名画の一つ」として語られがちですが、実際には美術史上最大級の未解決事件として広く知られ、被害総額や希少性の面でも他に類を見ない規模の事件です。またフェルメールの盗難作品の多くが再発見されてきたなかで、本作だけが今も見つかっていないという点も、単なる盗難事件を超えた特別な重みを持つ理由になっています。
FAQ
Q. 《合奏》はいつ、どこで盗まれましたか?
1990年3月18日未明、アメリカ・ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から、警察官を装った2人組によって盗まれました。
Q. 一緒に盗まれた作品は他にありますか?
レンブラントの『ガリラヤの海の嵐』や自画像、ドガの素描5点、マネの『トルトニ亭にて』など、計13点が同時に盗まれています。
Q. なぜ美術館の壁に空の額縁が掛けられているのですか?
創設者イザベラ・スチュワート・ガードナーの遺言により作品の配置を変えてはならないと定められているため、盗まれた作品の場所には空の額縁が今も残されています。
Q. 犯人は捕まっていますか?
2025年時点で事件は未解決であり、作品の行方も分かっていません。
Q. どこでこの絵の複製を見ることができますか?
日本の大塚国際美術館で、2025年3月に公開された陶板による原寸大の複製を見ることができます。
まとめ
《合奏》は、親密な演奏の一瞬をとらえたフェルメールの静謐な傑作でありながら、1990年の盗難事件によって現実の世界から姿を消してしまいました。空の額縁がボストンの美術館に掲げられ続けているという事実自体が、この絵がたどった数奇な運命を何よりも雄弁に物語っています。
