《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》(英:Portrait of an Artist (Pool with Two Figures))は、イギリスの画家デイヴィッド・ホックニーが1972年に手がけたアクリル画で、山並みを背景にしたプールで泳ぐ人物と、それをプールサイドから見つめる男性を描いた作品です。2018年のオークションで存命の芸術家としては史上最高額を記録したこの絵は、偶然床に並んで落ちていた2枚の写真から着想を得たという、意外な誕生秘話を持っています。この記事では、この絵がどのように組み立てられたのか、そしてなぜこれほど高く評価されているのかを見ていきます。
《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | デイヴィッド・ホックニー(1937〜) |
| 制作年 | 1972年 |
| 技法・素材 | アクリル・カンヴァス |
| 主題 | プールで泳ぐ人物とそれを見つめる男性 |
| 落札額 | 9031万2500ドル(2018年、クリスティーズ・ニューヨーク) |
一言でいうと
《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》は、偶然床に並んで落ちていた2枚の写真から着想を得て組み立てられた、プールサイドに立つ男性と水中を泳ぐ人物という2つの視点を一枚のカンヴァスに融合させた作品です。静止した人物と揺らめく水面の対比が、見る者を強く引きつけます。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
2枚の写真が偶然並んだことから
ホックニーは本作が生まれたきっかけについて、ロンドンの自身のスタジオで、元恋人で芸術家のピーター・シュレシンジャーを写した写真と、水泳をする人を写した写真がたまたま床に並んで落ちているのを目にし、そこからアイディアがひらめいたと語っています。まったく別々に撮られた2枚の写真が偶然重なり合ったことが、本作の構図の出発点になったのです。
フランス南部での撮影
着想を得たホックニーは、フランス南部にあるイギリス人映画監督の邸宅のプールを作品の舞台に選びました。2人のモデルを現地に連れて行き、数百枚もの写真を撮影しています。ロンドンに戻ってからは、シュレシンジャーにも改めて頼み込んでポーズを取ってもらい、写真をもとに時間をかけて画面を作り上げていきました。
わずか1万8000ドルで売却された過去
本作が完成した当時、ホックニーはこの絵をニューヨークの画商に、わずか1万8000ドルで売却しています。この1年前、ホックニーはシュレシンジャーと別れたばかりでした。私的な関係の終わりと重なる時期に制作された本作には、単なる風景描写を超えた個人的な感情が込められていると考えられています。
見どころ徹底解説

プールサイドに立つ男性
画面右手に立つ、ピンクのジャケットを着た男性は、ホックニーの元恋人であり教え子でもあったピーター・シュレシンジャーだとされています。水中の人物を静かに見下ろすその視線には、単なる観察を超えた感情の機微が漂っています。
水中を泳ぐ人物
画面手前の水中には、もう一人の人物が泳ぐ姿が描かれています。水面の揺らめきによって輪郭が歪められたその姿は、静止したプールサイドの人物とは対照的に、絶えず変化し続ける存在として描かれています。この2人の関係性、そして見る者と見られる者という構図こそが、本作の核心にあるテーマです。
水の表現へのこだわり
ホックニーはプールを主題とした作品を数多く手がけたことで知られており、本作でも水面に反射する光や、水中で屈折して見える身体の輪郭が、緻密に計算された筆致で描き出されています。静的な人物描写と、絶えず動き続ける水の表現との対比が、画面全体に独特の緊張感を生み出しています。
落札額が語る評価
本作は2018年11月、ニューヨークのクリスティーズで行われたオークションにかけられ、事前予想の8000万ドルを上回る9031万2500ドル(手数料込み、約102億円)で落札されました。この結果、存命の芸術家による作品としては史上最高額を記録し、2013年にジェフ・クーンズの《バルーン・ドッグ(オレンジ)》が樹立した記録を大きく更新しています。9分間にわたる2人の電話入札者による競り合いの末に決着したこの落札劇は、大きな話題を呼びました。出品者は明らかにされていませんが、関係者の話として、戦後イギリス美術のコレクターとして知られる実業家の名前が挙がっています。
実際に見るには
本作は個人の所蔵作品となっており、常設で公開されている美術館は現在のところありません。ただし、2017年にニューヨークのメトロポリタン美術館で開催されたホックニーの過去最大規模となる回顧展をはじめ、節目の記念展にたびたび出品されており、そうした機会に鑑賞できることがあります。
よくある誤解
本作はしばしば「実際に目にした情景をそのまま描いた風景画」として紹介されがちですが、実際には別々に撮影された2枚の写真を組み合わせるという、きわめて構築的な手法によって生み出されています。また水中の人物とプールサイドの人物の関係についても、単純な観察と被写体という関係にとどまらず、ホックニー自身の私的な人間関係が色濃く反映されている点を踏まえて鑑賞する必要があります。
FAQ
Q. この絵はどのようにして着想を得たのですか?
元恋人ピーター・シュレシンジャーを写した写真と、水泳をする人を写した写真が偶然床に並んで落ちているのを見たことがきっかけだったとホックニー自身が語っています。
Q. プールサイドに立つ男性は誰ですか?
ホックニーの元恋人であり教え子でもあったピーター・シュレシンジャーだとされています。
Q. この絵はいくらで落札されましたか?
2018年、クリスティーズ・ニューヨークのオークションで9031万2500ドル(約102億円)で落札され、存命の芸術家による作品としては史上最高額を記録しました。
Q. 最初はいくらで売られたのですか?
制作当時、ホックニーはこの絵をわずか1万8000ドルでニューヨークの画商に売却しています。
Q. どこで撮影された写真をもとに描かれていますか?
フランス南部にあるイギリス人映画監督の邸宅のプールで撮影された数百枚の写真をもとに制作されています。
まとめ
《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》は、偶然重なった2枚の写真から着想を得て、静止した人物と揺らめく水面という対照的なイメージを一枚のカンヴァスに融合させた作品です。私的な関係の終わりと重なる時期に描かれたその画面には、単なる美しいプールの情景を超えた、複雑な感情の余韻が漂っています。
