《記憶の固執》(西:La persistencia de la memoria)は、スペインの画家サルバドール・ダリが1931年に手がけた油彩画で、現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されています。柔らかく溶けたように垂れ下がる時計を描いたこの作品は、シュルレアリスムを代表する一枚であり、20世紀絵画のなかでもとりわけ広く知られたイメージの一つとなりました。この記事では、あの奇妙な時計がどこから着想を得たのか、そして画面に描き込まれた細部が何を意味するのかを見ていきます。
《記憶の固執》とは — 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | サルバドール・ダリ(1904〜1989) |
| 制作年 | 1931年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 24.1×33.0cm |
| 所蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA) |
| 別名 | 『柔らかい時計』『溶ける時計』『時間の永続性』 |
| 主題 | 溶けた時計と夢のような風景 |
一言でいうと
《記憶の固執》は、硬いはずの金属の時計を、まるで溶けたチーズのように柔らかく描くことで、時間という絶対的なものの確かさを揺るがした作品です。夢と現実の境界が曖昧になる感覚を、わずか手のひらに収まるほどの小さな画面のなかに凝縮しています。
制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか
シュルレアリスムとの出会い
ダリは1926年ごろにシュルレアリスムと出会い、意識の統制を離れた無意識の世界を絵画に取り込もうとする運動に深く傾倒していきました。本作はダリが27歳のときに発表した作品で、彼の初期の代表作として位置づけられています。
カマンベールチーズからの着想
あの特徴的な「柔らかい時計」のモティーフは、ある晩、キッチンで妻ガラが食べていたカマンベールチーズが溶けていく様子を目にしたことから着想を得たと、ダリ自身が語っています。硬く精密であるはずの時計という機械を、とろけるチーズのように描くという発想の転換こそが、本作の核心にある創造力を象徴しています。
タイトルの由来
「記憶の固執」という原題は、ダリの妻ガラ・エリュアールが本作を見た際に「この絵は一度見たら決して忘れられない」と語ったことに由来すると伝えられています。制作にかかった時間はわずか2時間ほどだったとも言われ、着想から完成までの速度そのものが、ダリの創造力の勢いを物語っています。
見どころ徹底解説

3つの溶けた時計
画面には、柔らかく形を崩した時計が3つ描かれています。1つはオリーブの木の枯れ枝にかけられ、その表面には小さなハエがとまっています。もう1つはテーブルの端から垂れ下がり、最後の1つは画面中央に横たわる謎めいた生物のような形の上に乗っています。硬質な金属であるはずの時計が、まるで生き物のようにぐにゃりと形を変えている点が、本作最大の視覚的な衝撃です。
中央に横たわる白い生物
画面中央には、頬杖をつくように地面に沈み込む、肌色がかった奇妙な生物の姿が描かれています。これはダリ自身の横顔をかたどった自画像的なモティーフであるとされ、同時に画家ヒエロニムス・ボスの《快楽の園》に登場する怪物からも着想を得ていると考えられています。硬さと柔らかさ、現実と夢の境界を曖昧にするダリの関心が、この生物にも表れています。
オレンジ色の懐中時計とアリの群れ
画面手前、テーブルの上に置かれたオレンジ色の懐中時計には、無数のアリがたかっています。アリはダリの作品にたびたび登場するモティーフで、腐敗や死への恐れを象徴していると解釈されています。柔らかく溶けた時計とは対照的に、この時計だけは硬いまま描かれており、そこにアリがたかることで、朽ちていくものへの不安がより生々しく表現されています。
故郷カタルーニャの風景
画面奥に描かれた黄金色の断崖は、ダリの故郷であるカタルーニャ地方、クレウス岬の海岸だとされています。夢のように非現実的な前景のモティーフと、実在する故郷の風景とが同じ画面のなかに同居している点も、本作の重要な特徴です。
発表とその後
本作は1932年、ニューヨークのシュルレアリスム専門画廊ジュリアン・レヴィ・ギャラリーで初めて公開されました。その後1934年、匿名の寄贈者を通じて同ギャラリーからニューヨーク近代美術館へ寄贈され、以来同館の代表的な所蔵品として親しまれ続けています。ダリは晩年の1954年、本作へのオマージュとして《記憶の固執の崩壊》という続編にあたる作品も手がけています。
実際に見るには
本作はアメリカ・ニューヨークのニューヨーク近代美術館(MoMA)で展示されています。24×33cmほどの小さな画面ながら、20世紀で最も複製されたイメージの一つに数えられており、実物を前にするとその緻密な筆致と意外なほどの小ささの両方に驚かされます。
よくある誤解
本作はしばしば「時間そのものへの哲学的な考察を描いた絵」として難解に語られがちですが、着想の出発点はごく身近なキッチンでのチーズの観察でした。壮大なテーマを扱いながらも、その発端は日常のなかのささやかな気づきにあったという逸話を踏まえると、本作をより身近に感じることができます。
FAQ
Q. なぜ時計が溶けたように描かれているのですか?
妻ガラが食べていたカマンベールチーズが溶けていく様子から着想を得たと、ダリ自身が語っています。
Q. タイトルの「記憶の固執」はどこから来ていますか?
妻ガラが本作を見て「一度見たら決して忘れられない」と語ったことに由来すると伝えられています。
Q. 画面中央の奇妙な生物は何を表していますか?
ダリ自身の横顔をかたどった自画像的なモティーフとされ、画家ヒエロニムス・ボスの作品からも着想を得ていると考えられています。
Q. アリはどんな意味を持っていますか?
ダリの作品にたびたび登場するモティーフで、腐敗や死への不安を象徴していると解釈されています。
Q. 背景に描かれた崖はどこですか?
ダリの故郷カタルーニャ地方、クレウス岬の海岸だとされています。
まとめ
《記憶の固執》は、キッチンで目にした溶けるチーズという何気ない発見を出発点に、時間や記憶という捉えどころのないものを視覚化した作品です。小さな画面のなかに故郷の風景と夢のような生物を同居させることで、ダリは現実と無意識のあいだを自在に行き来する、シュルレアリスムならではの世界を作り上げました。
