《エル・ハレオ》とは|画商が10,000フランで買い取った、パリを騒然とさせた一枚を追う

かかとが床を打つ音、指を鳴らす音、手拍子――静止した一枚の絵のはずなのに、フラメンコの音が聞こえてくるようです。《エル・ハレオ》(1882年)は、アメリカ出身の画家ジョン・シンガー・サージェントによる油彩画で、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館が所蔵しています。スペインの旅から2年以上を経て、パリのアトリエで完成されたこの大作は、発表と同時にサージェントを「パリで最も話題の画家」に押し上げました。

目次

基本情報

作者:ジョン・シンガー・サージェント(1856〜1925)
制作年:1882年
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約232×348cm
所蔵:イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ボストン)
発表:1882年パリ・サロン(展示題名《エル・ハレオ:ジプシーの踊り》)
署名:画面右上に「John S. Sargent 1882」

一言でいうと

《エル・ハレオ》は、ギターの伴奏と手拍子に合わせて踊る、一人のロマの女性のフラメンコの姿を描いた作品です。壁には赤い文字で「オレ」の掛け声が書き込まれ、揺れる白いスカートと長く伸びる影が、まさに今この瞬間の舞台に居合わせているかのような臨場感を生み出しています。

制作背景

この絵の着想は、1879年、サージェントがスペインと北アフリカを5か月かけて旅した経験に遡ります。彼はこの旅で初めてフラメンコに触れ、その律動的な芸術性に強く惹かれました。もっとも自身も達者なピアニストであり、ギターやバンジョーもたしなんでいたサージェントにとって、音楽そのものへの関心は幅広いものでしたが、中でもフラメンコへの情熱は特別だったと伝えられています。

興味深いことに、この絵が完成したのはスペイン旅行から2年以上を経た、パリのアトリエでのことでした。臨場感あふれる仕上がりとは裏腹に、その制作過程は決して即興的なものではなく、サージェントは旅先での記憶と、モデルを使って丹念に描いた数多くの習作を組み合わせながら、この「作り上げられた真実味」を練り上げていきました。同じ旅から生まれた作品には、より小ぶりな油彩《スペインの踊り》(ヒスパニック・ソサエティ・オブ・アメリカ蔵)もあります。

見どころ

名前に込められた二重の意味

「エル・ハレオ」というタイトルは、ヘレスの伝統舞踊「ハレオ・デ・ヘレス」を示唆すると同時に、「騒ぎ」「喧噪」を意味するより広い言葉「ハレオ」にも掛けられています。パリ・サロンでは、より説明的な《エル・ハレオ:ジプシーの踊り》という題で展示されました。

音を感じさせる構図

ヴェールを激しくなびかせながら踊る女性、折り重なる白いスカートの陰影、そして壁に長く伸びる影。これらすべてが、まるで一瞬を切り取った写真のような即時性を生み出しています。手前には仕切りとなる要素が一切なく、鑑賞者はまるで自分自身がこの演奏の場に居合わせているかのような感覚を味わうことになります。

師から受け継いだ技法

この絵には、サージェントがパリで師事した画家カロリュス=デュランから学んだ技法が色濃く反映されています。同時にこの絵は、19世紀のフランスやイギリスで広がっていた「イスパニスム(スペイン趣味)」という文化的な潮流とも深く結びついています。この関心は、19世紀初頭の半島戦争でフランスとイギリスがスペインを占領した際に、両国でスペイン文化への新たな憧れが生まれたことに端を発しています。

評価と受容

1882年のパリ・サロンでこの絵が発表されると、大きな反響を呼びました。ある論者はこの発表を機に、サージェントが「パリで最も話題にされる画家」になったと評しており、批評家の中にはこの絵をもって、サージェントがフランス印象派の仲間入りを果たしたと評する者もいました。サロンでの展示後、この絵は画商シャウス・ギャラリー(ニューヨーク)に1万フランで売却され、その後、実業家で外交官でもあったトマス・ジェファーソン・クーリッジがこの画廊から絵を買い取りました。1914年、クーリッジはこの絵を親しい友人であったイザベラ・スチュワート・ガードナーに贈り、以後この絵はガードナー家の音楽室の中心的な存在となり、現在はムーア様式のアーチで縁取られたアルコーブの中、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の「スパニッシュ・クロイスター」に掛けられています。

よくある誤解

誤解①「この絵はスペイン滞在中、その場で仕上げられた」→ 実際はパリのアトリエで2年以上をかけて完成させている
臨場感あふれる描写から、その場で即座に描き上げたものだと思われがちですが、実際にはサージェントは1879年の旅から帰った後、記憶と多数の習作をもとに、パリのアトリエで慎重に構図を練り上げ、完成までに2年以上を要しています。

誤解②「この絵は最初からガードナー美術館のために制作された」→ 実際は複数の所有者を経て同館に収まっている
現在の所蔵先から、当初からガードナー家のために描かれたと思われがちですが、実際にはパリ・サロンでの発表後、画商を経て実業家クーリッジの手に渡り、1914年に友人であったガードナーへ贈られたことで、ようやくこの美術館に収まりました。

FAQ

Q. 《エル・ハレオ》とはどんな作品ですか?
A. サージェントが1882年に手がけた油彩画で、ギターの伴奏に合わせて踊る一人のロマの女性のフラメンコの姿を描いています。ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館が所蔵しています。

Q. なぜこの絵はパリで大きな話題になったのですか?
A. 臨場感あふれる劇的な構図と、印象派を思わせる筆致が評価され、発表と同時にサージェントを一躍パリで最も注目される画家の一人に押し上げたためです。

Q. この絵はどのようにしてガードナー美術館に収まったのですか?
A. パリ・サロンでの発表後、画商を経て実業家トマス・ジェファーソン・クーリッジの所有となり、1914年に彼が友人であったイザベラ・スチュワート・ガードナーに贈ったことで、同館の所蔵品となりました。

Q. 《エル・ハレオ》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館が所蔵しています。

まとめ

一枚の絵から実際に音が聞こえてくるような錯覚は、決して偶然の産物ではなく、2年越しの周到な準備の結果でした。旅先での記憶を頼りに、パリの静かなアトリエでこれほどの熱気を作り上げたサージェントの手腕こそ、140年以上経った今もこの絵の前で人々の足を止め続けている理由なのでしょう。

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