《荘厳の聖母(マエスタ)》(1280〜85年頃)は、ビザンティン様式から初期ルネサンスへの過渡期を代表するイタリアの画家チマブーエによるテンペラ画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する作品です。玉座に座る聖母子を6人の天使が取り囲む、荘厳な宗教画であるこの作品は、本来はイタリアのピサに置かれていましたが、ナポレオン軍によって略奪され、その後の返還運動をもってしても、フランスに留まり続けることになった、数奇な来歴を持つ一枚です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | チマブーエ(本名チェンニ・ディ・ペーポ、1240頃〜1302頃) |
| 制作年 | 1280〜85年頃 |
| 技法・素材 | テンペラ・金箔・ポプラ材の板 |
| サイズ | 約424×276cm |
| 所蔵 | ルーヴル美術館(パリ、1813年より) |
| 元の所在地 | サン・フランチェスコ聖堂(ピサ) |
| 様式 | ビザンティン様式から初期ルネサンスへの過渡期 |
一言でいうと
《荘厳の聖母(マエスタ)》は、ゴシック様式の玉座に座る聖母マリアと幼子キリストを、6人の天使が左右対称に取り囲む、ビザンティン美術の伝統を色濃く残した荘厳な宗教画でありながら、ナポレオン軍によってピサから略奪された後、後の美術品返還運動においても「輸送に耐えられない」という理由で、そのままフランスに留まり続けることになった、数奇な来歴を持つ作品である。
制作背景
この絵は、本来イタリア・ピサのサン・フランチェスコ聖堂のために制作されました。1813年、イタリアを占領していたナポレオン軍によって略奪され、初期イタリア絵画の収集に強い関心を持っていたジャン・バティスト・アンローによってパリへと持ち去られました。ナポレオン失脚後、フランスが各国から略奪した美術品の多くは元の所在地へ返還されましたが、この絵はあまりに大型で、これ以上の輸送に耐えられないと判断されたため、返還を免れ、そのままルーヴル美術館に留まり続けることになりました。
見どころ

「マエスタ」という言葉の意味:画家チェンニーノ・チェンニーニが著した『絵画術の書』によれば、正面から厳粛な姿勢で描かれた人物像は「マエスタ(荘厳)」と呼ばれます。4世紀以降、この形式は主にキリストを描く際に用いられてきましたが、13世紀になり聖母崇拝が高まると、次第に聖母マリア自身を「マエスタ」として描く形式が定着していきました。
構図:聖母マリアは、精緻なゴシック様式の建築的な玉座に腰掛け、幼子キリストを膝に抱いています。その周囲には、左右3体ずつ、計6人の天使たちが対称に配置されています。下段の天使たちは画面の外側を、上段の天使たちは内側を見つめる構成になっています。金色の背景と、円形の光輪(ハロー)が、当時のビザンティン美術の美学を色濃く反映しています。マリアがまとう青い衣は、王権の象徴とされています。
様式の過渡期:チマブーエは、ビザンティン美術から初期ルネサンスへの過渡期を代表する、極めて重要な画家として位置づけられています。彼の作品には、ビザンティン美術特有の様式化された表現から、自然主義的で感情豊かな表現へと向かう、新しい芸術的な視座への兆しが見て取れます。伝記作家ヴァザーリによれば、この過渡期をさらに推し進めることになる若きジョットは、チマブーエの弟子だったとも伝えられています。
よくある誤解
誤解①「この絵は自然な経緯でルーヴル美術館の収蔵品となった」→ 実際はナポレオン軍による略奪品である
ルーヴル美術館の代表的な所蔵品であることから、正規の取得によるものだと思われがちですが、実際にはこの絵は1813年、ナポレオン軍によってイタリア・ピサのサン・フランチェスコ聖堂から略奪され、フランスへと持ち去られたものです。
誤解②「『マエスタ』という言葉は、常に聖母マリアの表現を指す」→ 実際は当初キリストの表現に用いられていた
聖母を荘厳に描いた作品として知られていることから、この言葉が常に聖母マリアを指すと思われがちですが、実際には4世紀以降、この正面性を持つ厳粛な図像形式は当初キリストの表現に用いられており、聖母マリアへの適用が定着したのは、13世紀の聖母崇拝の高まり以降のことでした。
FAQ
Q. 《荘厳の聖母(マエスタ)》とはどんな作品ですか?
A. チマブーエが1280年から85年頃に手がけたテンペラ画で、玉座に座る聖母子を6人の天使が取り囲む場面を描いています。ルーヴル美術館が所蔵しています。
Q. なぜこの絵はルーヴル美術館にあるのですか?
A. 1813年、イタリアを占領していたナポレオン軍によってピサのサン・フランチェスコ聖堂から略奪され、その後の美術品返還の際にも、あまりに大型で輸送に耐えられないと判断されたため、そのままフランスに留まり続けています。
Q. なぜチマブーエは美術史上重要な画家とされているのですか?
A. ビザンティン美術から初期ルネサンスへの過渡期を代表する画家として、様式化された表現から自然主義的な表現へと向かう、新しい芸術的な兆しを示した点が評価されています。
Q. 《荘厳の聖母(マエスタ)》はどこで見られますか?
A. フランス・パリのルーヴル美術館が所蔵しています。
まとめ
《荘厳の聖母(マエスタ)》は、玉座に座る聖母マリアと幼子キリストを、6人の天使が左右対称に取り囲む、ビザンティン美術の伝統を色濃く残した荘厳な宗教画でありながら、ナポレオン軍によってピサから略奪された後、後の美術品返還運動においても「輸送に耐えられない」という理由で、そのままフランスに留まり続けることになった、数奇な来歴を持つ作品です。「運べないから返せない」という理由が、740年近く前の絵を今もフランスに留め置いています。
