《楽園追放》(1425〜27年頃)は、初期ルネサンスを切り拓いた画家マサッチオによるフレスコ画で、イタリア・フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂、ブランカッチ礼拝堂の壁面を飾る作品です。楽園を追われるアダムとイヴの深い苦悩を描いたこの絵は、西洋絵画に感情表現の新たな地平を切り拓いた記念碑的作品でありながら、実はその裸体表現の一部が、後世300年近くにわたって覆い隠されていたという、意外な歴史を持っています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | マサッチオ(本名トンマーゾ・カッサイ、1401〜1428) |
| 制作年 | 1425〜27年頃 |
| 技法・素材 | フレスコ |
| 所蔵地 | ブランカッチ礼拝堂(サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂、フィレンツェ) |
| 依頼主 | ブランカッチ家 |
| 特記事項 | 1680年頃に無花果の葉が加筆され、1980年の修復で除去された |
一言でいうと
《楽園追放》は、楽園を追われるアダムとイヴの深い苦悩と絶望を、劇的な写実表現で描いた、西洋絵画に感情表現の新たな地平を切り拓いた記念碑的作品でありながら、その裸体表現の一部が、17世紀後半に描き加えられた無花果の葉によって長らく覆い隠され、本来のマサッチオの姿が明らかになったのは、1980年の修復を経てからのことだった、意外な歴史を持つ一枚である。
制作背景
この絵は、フィレンツェの富裕な一族ブランカッチ家の依頼により、聖ペテロの生涯を描く連作フレスコの一場面として、ブランカッチ礼拝堂の壁面に手がけられました。マサッチオは、共同制作者マゾリーノ・ダ・パニカーレとともにこの礼拝堂の装飾に取り組みましたが、1428年、わずか26〜27歳という若さで急逝したため、礼拝堂の装飾全体は未完成のまま残されました。この未完成部分は、数十年後、画家フィリッピーノ・リッピによって完成されています。マサッチオの画家としての活動期間はわずか6年ほどにすぎませんでしたが、彼はこの短い生涯の中で、初期ルネサンス絵画を決定づける革新をもたらしました。
見どころ

構図:画面には、剣を掲げて宙に浮かぶ天使が、アダムとイヴを楽園から追い立てる様子が描かれています。アダムは両手で顔を覆い、恥辱と苦悩に打ちひしがれた様子で歩み、イヴは頭を仰け反らせて泣き叫びながら、古典彫刻の「恥じらいのヴィーナス」を思わせる仕草で自らの体を覆っています。
革新的な表現:マサッチオはこの絵で、単一の光源(実際の礼拝堂の窓の位置と一致するよう計算されています)を用いた立体的な陰影表現と、彫刻を思わせる量感ある人体表現を追求しました。これは、それまでのゴシック様式の平面的で装飾的な表現から決別する、決定的な転換点となりました。美術史家バーナード・ベレンソンは、この絵をミケランジェロがシスティーナ礼拝堂で手がけた同主題の作品と比較し、ミケランジェロの人物像がより正確であるにもかかわらず、真実味と説得力においてはマサッチオの表現に軍配が上がると評しています。
覆い隠された裸体:マサッチオはアダムとイヴを、当初完全な裸体として描いていました。しかし1680年頃、後世の修復者によって、二人の局部を覆う無花果の葉が描き加えられてしまいます。この加筆は長らくそのままの状態で残されていましたが、1980年に行われた大規模な修復作業によって取り除かれ、マサッチオが本来意図していた、裸体のままの姿が明らかになりました。
評価
《楽園追放》は、亡命や喪失という、時代を超えて人々の心に響く普遍的な悲劇を描いた作品として、今日も高く評価されています。修道女で美術史家のシスター・ウェンディ・ベケットは、「楽園追放の恐怖を、マサッチオほど深く描き切った画家はいない」と評し、この絵が描く場面を、住処と幸福を突如として失う難民の姿になぞらえています。この絵の劇的な人体表現と感情の深さは、若き日のミケランジェロをはじめ、後世の数多くの画家たちに直接的な影響を与えました。
よくある誤解
誤解①「アダムとイヴを覆う無花果の葉は、マサッチオ自身が描いたものである」→ 実際は彼の死後、後世の修復者によって加筆された
現存する図像から、これが当初からの構図の一部だと思われがちですが、実際にはマサッチオは二人を完全な裸体として描いており、無花果の葉は1680年頃、後世の修復者によって加筆されたものです。この加筆は1980年の修復作業によって取り除かれています。
誤解②「この絵はマサッチオによって滞りなく完成された」→ 実際は彼の急死により礼拝堂全体の装飾が未完成のまま残された
一連の完成した作品として鑑賞されることが多いため、制作が順調に完結したと思われがちですが、実際にはマサッチオは1428年、わずか26〜27歳で急逝し、ブランカッチ礼拝堂の装飾全体は未完成のまま残され、後にフィリッピーノ・リッピによって完成されました。
FAQ
Q. 《楽園追放》とはどんな作品ですか?
A. マサッチオが1425年から27年頃に手がけたフレスコ画で、楽園を追われるアダムとイヴの深い苦悩を描いています。フィレンツェのブランカッチ礼拝堂の壁面を飾っています。
Q. なぜこの絵は美術史上重要とされているのですか?
A. 単一の光源による立体的な陰影表現と、彫刻を思わせる量感ある人体表現によって、それまでのゴシック様式から決別し、感情表現の新たな地平を切り拓いた作品とされているためです。
Q. 無花果の葉はいつ取り除かれたのですか?
A. 1680年頃に加筆された無花果の葉は、1980年に行われた大規模な修復作業によって取り除かれ、マサッチオが本来意図していた裸体の姿が明らかになりました。
Q. 《楽園追放》はどこで見られますか?
A. イタリア・フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂、ブランカッチ礼拝堂に現在も残されています。
まとめ
《楽園追放》は、楽園を追われるアダムとイヴの深い苦悩を、劇的な写実表現で描いた、西洋絵画に感情表現の新たな地平を切り拓いた記念碑的作品でありながら、その裸体表現の一部が、17世紀後半に描き加えられた無花果の葉によって長らく覆い隠され、本来のマサッチオの姿が明らかになったのは、1980年の修復を経てからのことだった、意外な歴史を持つ一枚です。300年以上も覆い隠されていた本来の姿が、600年近く前の筆致とともに、ようやく私たちの前に戻ってきました。
