《塔の王子たち》(1878年)は、《オフィーリア》で知られるジョン・エヴァレット・ミレイによる油彩画で、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校が所蔵する作品です。ロンドン塔に幽閉された2人の幼い王子——後にリチャード3世として即位する叔父によって王位継承権を奪われ、この後歴史から姿を消してしまう兄弟の姿を描いています。彼らに何が起きたのかは、500年以上を経た今もなお、英国史最大級の謎として語り継がれています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829〜1896) |
| 制作年 | 1878年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | ロイヤル・ホロウェイ・ピクチャーギャラリー(ロンドン大学) |
| モデルとなった人物 | イングランド国王エドワード5世(当時12〜13歳)とその弟、ヨーク公リチャード(当時9〜11歳) |
| 着想源 | シェイクスピアの戯曲『リチャード三世』 |
一言でいうと
《塔の王子たち》は、ロンドン塔に幽閉されたまま歴史から姿を消した2人の幼い王子の、不安に満ちた最後の瞬間を描き出すことで、500年を経てなお解明されない英国史最大の謎に、静かな問いを投げかける作品である。
制作背景
薔薇戦争の果てに
1483年4月、イングランド国王エドワード4世が急死すると、12歳の長男がエドワード5世として王位を継承しました。しかし戴冠のためロンドンへ向かう途中、摂政を務めていた叔父グロスター公リチャード(後のリチャード3世)によって一行は差し止められ、エドワード5世はロンドン塔へ送られます。まもなく弟のヨーク公リチャードも兄のもとへ送られました。同年6月、議会は先王エドワード4世の結婚が無効であり、2人の王子は庶子であるため王位継承権を持たないと決定し、グロスター公がリチャード3世として即位します。1483年の夏までは、塔の庭で遊ぶ2人の姿が目撃されていましたが、その後兄弟は姿を消してしまいました。
ミレイの徹底したこだわり
ミレイの息子J.G.ミレイが1899年に著した父の伝記によれば、ミレイは1878年初頭にこの作品に着手し、当初はサマセット州バーナムの塔の階段を背景として描いていました。しかし、これが「血塗られた塔」という王子たちが暗殺されたとされる場所らしく見えないことに不満を持ったミレイは、息子を3日間続けてロンドン塔へ行かせ、内部を鉛筆でスケッチさせます。そのスケッチから、階段を小さく、しかも左右逆に描いてしまっていたことが判明すると、ミレイ自ら現地へ赴いて描き直し、すでに手をつけていた作品を放棄して、王子たちの遺体が発見されたとされる場所の様子を正確に描いた、まったく新しい大きなカンヴァスで制作をやり直しました。
見どころ

構図
薄暗い石造りの塔の中、2人の少年が身を寄せ合うように立っています。互いに手を取り合い、不安げな表情であたりをうかがうその姿には、迫りくる危険を予感しているかのような緊張感が漂っています。
技法
ミレイはこの作品のために、実際のロンドン塔の階段を綿密に取材し、細部まで正確に描写することにこだわりました。この徹底した現地調査へのこだわりは、《オフィーリア》の制作時にも見られた、ミレイならではの姿勢です。
図像学
シェイクスピアの戯曲『リチャード三世』では、王位を奪うため叔父リチャードが刺客を送り、抱き合って眠る王子たちを窒息死させたと描かれています。ミレイはこの劇的な物語からインスピレーションを得て、まさに悲劇が訪れる直前の緊迫した瞬間を、この絵に描き出しました。
500年解けない謎
1674年、ロンドン塔の改修中、作業員が階段の下から子供の遺骨が入った木箱を発見しました。1678年、チャールズ2世の命によりウェストミンスター寺院に安置されましたが、1933年の専門家による鑑定でも、性別・年齢を特定するには至っていません。長らく、叔父リチャード3世が王位を確実にするため2人を暗殺したとされてきましたが、確たる証拠があるわけではありません。1768年、ホレス・ウォルポールが『リチャード3世の生涯と治世への歴史上の懐疑』を出版して以来、リチャード3世は濡れ衣を着せられているだけで、彼を倒して即位したヘンリー7世こそが、2人の王子の運命に深く関わっていたのではないかとする説も、現在では有力視されています。1490年代には、自らを弟のリチャードだと名乗る人物(パーキン・ウォーベック)が現れ、ヘンリー7世の王位に挑戦する騒動もありました。近年では、2012年にリチャード3世の遺骨を発見したことで知られる歴史家フィリッパ・ラングレーが、現代の捜査手法を用いてこの謎に新たに挑み、エドワード5世が1487年時点でなお生存していた可能性を示す書簡を発見するなど、調査は今も続けられています。
よくある誤解
誤解①「王子たちを暗殺したのはリチャード3世で確定している」→ 実際は今も学術的な議論が続いている
長年、リチャード3世が犯人だとする説が広く信じられてきましたが、確たる証拠は存在せず、現代の歴史研究では、ヘンリー7世の関与を指摘する説も有力視されています。真相は今も特定されていません。
誤解②「ウェストミンスター寺院の遺骨は、王子たちのものだと確定している」→ 実際は科学的に特定されていない
1674年に発見された遺骨が、そのまま王子たちのものだと思われがちですが、1933年の鑑定でも性別・年齢は特定されておらず、これが本当に2人の王子の遺骨であるかどうかは、今も確認されていません。
FAQ
Q. 《塔の王子たち》とはどんな作品ですか?
A. ミレイが1878年に描いた油彩画で、ロンドン塔に幽閉されたイングランド国王エドワード5世とその弟ヨーク公リチャードの、不安に満ちた姿を描いています。
Q. 王子たちはどうなったのですか?
A. 1483年夏を最後に姿を消し、その後の消息は分かっていません。長年、叔父リチャード3世による暗殺が疑われてきましたが、確たる証拠はなく、真相は今も謎のままです。
Q. リチャード3世は本当に犯人なのですか?
A. 現代の歴史研究では断定されておらず、彼を倒したヘンリー7世の関与を指摘する説も有力視されています。
Q. 《塔の王子たち》はどこで見られますか?
A. ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校のピクチャーギャラリーが所蔵しています。
まとめ
《塔の王子たち》は、ロンドン塔に幽閉されたまま歴史から姿を消した2人の幼い王子の、不安に満ちた最後の瞬間を描き出すことで、500年を経てなお解明されない英国史最大の謎に、静かな問いを投げかける作品です。ミレイが徹底した取材によって再現したこの塔の情景は、今もなお歴史家たちが追い続ける、答えのない謎の重みを、静かに物語り続けています。


