《キツネ狩り(英:The Fox Hunt)》は、アメリカの画家ウィンズロー・ホーマーが1893年に手がけた油彩画で、現在はフィラデルフィアのペンシルベニア美術アカデミーに所蔵されている。深い雪のなかを逃げまどう1匹のキツネと、それを狙う黒いカラスの群れ。ホーマーが手がけた作品のなかでも最大サイズを誇るこの絵は、単なる動物画にとどまらない緊張感を持っている。今回はこの絵が生まれた背景と、画面に張り巡らされた構図の工夫について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ウィンズロー・ホーマー(1836〜1910) |
| 制作年 | 1893年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約97×174cm |
| 所蔵 | ペンシルベニア美術アカデミー(フィラデルフィア) |
| 主題 | 雪原でカラスの群れに追われるアカギツネ |
一言でいうと
弱った動物を襲うのは肉食獣とは限らない。飢えたカラスの群れが1匹のキツネを追い詰めるという、自然界の力関係がひっくり返った瞬間を描いた1枚。
制作背景
メイン州の厳しい冬から
この絵は、ホーマーがメイン州プラウツ・ネックに構えたアトリエで、1893年の冬に制作された。当時ホーマーは、アディロンダック山地での狩猟や釣り、あるいはプラウツ・ネックの荒々しい海景といった「自然主義的」な主題をたびたび取り上げており、この絵もそうした関心の延長線上に位置づけられる。
カラスを描き直したという逸話
制作の過程には興味深いエピソードが残っている。ホーマーは当初、自分なりに苦心してカラスを描き上げたが、信頼を寄せていたスカーボロ駅の駅長にその出来映えを見せたところ、「おい、ウィン、こいつらカラスに見えねえぞ」とにべもなく言われてしまったという。ホーマーは反論することなく、その部分を描き直すことにした。駅長の協力のもと、トウモロコシで生きたカラスをおびき寄せ、3日間にわたって実物をスケッチし直した末に、ようやく納得のいくカラスの姿にたどり着いたと伝えられている。
美術館に購入された最初の作品
完成した絵はペンシルベニア美術アカデミーの年次展に出品され、そのまま同アカデミーに買い上げられた。これはホーマーの作品が公立の美術館コレクションに入った最初の例であり、この購入をきっかけに彼の画家としての経済的基盤も安定していったとされている。
見どころ

雪原に落とされた赤いシルエット
画面下半分を覆う雪原のなかに、キツネの赤茶色の体だけが鮮やかに浮かび上がっている。抑圧的なまでの白い雪原に囲まれ、追い詰められている様子が、色彩の対比だけで雄弁に伝わってくる。
画面上部から迫るカラスの群れ
画面上部には、翼を広げたカラスの群れが不吉な塊となって舞い降りてくる様子が描かれている。彼らの黒い羽が雪原の白い平面を食い破るように画面の縁を越えて広がっており、この侵入感が絵全体の緊迫したムードを作り出している。
キツネの視点から見る構図
この絵の巧みな点は、私たち鑑賞者がまるでキツネの背後、その視点に近い位置からこの光景を目撃しているように構成されていることだ。見る側もまた追い詰められた当事者であるかのような感覚を覚えさせる、この視点の選び方が絵の緊張感と共感を強めている。
日本の版画に学んだ構成
ホーマーは1876年のパリ滞在中に日本の木版画に触れており、その影響はこの絵の構図にもはっきりと表れているとされる。画面を大きく3つの縦の帯に分割できるような構成は、まるで一枚の日本の屏風絵を思わせる仕上がりになっている。
隅に沈む署名
画面左下、キツネと同じように雪に沈み込むような位置に、ホーマー自身の署名が置かれている。署名の「R」の文字がキツネの尾の曲線とどこか呼応しているようにも見え、細部にまで意識が行き届いた仕上げになっている。
実際に見るには
本作はフィラデルフィアのペンシルベニア美術アカデミーに所蔵されている。ホーマーの作品としては最大サイズであり、同アカデミーが所蔵するアメリカ絵画のなかでも代表的な一点として位置づけられている。
よくある誤解
この絵はしばしば「キツネ狩り」という題名から、人間による狩猟の場面と誤解されることがあるが、実際に描かれているのは人間の関与しない、カラスの群れと1匹のキツネという自然界内部の攻防である。当時流行していたダーウィンの自然選択説を思わせる主題として、批評家たちからもたびたび論じられてきた。
FAQ
Q. 《キツネ狩り》はどこで見られますか?
フィラデルフィアのペンシルベニア美術アカデミーに所蔵されている。
Q. なぜカラスがキツネを襲おうとしているのですか?
メイン州の厳冬期には食料が乏しくなり、飢えたカラスの群れが弱ったキツネを獲物として狙うことがあるとされ、その情景を描いたものである。
Q. この絵はホーマーのどんな作品群に属しますか?
1890年以降にホーマーが手がけた、狩猟や漁、自然の厳しさをテーマにした「自然主義的」な作品群の一つに位置づけられる。
Q. カラスの描写にまつわる有名なエピソードはありますか?
最初に描いたカラスが「カラスに見えない」と指摘され、生きたカラスをおびき寄せて描き直したという逸話が伝えられている。
Q. この絵のサイズはどれくらいですか?
約97×174cmで、ホーマーの作品のなかで最大のものとされている。
まとめ
《キツネ狩り》は、捕食者と被食者の立場が入れ替わってしまうという自然界の非情さを、雪と黒い羽の対比だけで鮮烈に描き出した1枚だ。駅長の一言から生まれ変わったカラスの群れは、今もこの絵のなかで静かに、しかし容赦なく舞い降り続けている。
