ゴッホ《男の肖像(ジョゼフ=ミシェル・ジヌーの肖像)》とは|黄緑の渦のなかで、顎を上げる男

《男の肖像》(1888年12月)は、フィンセント・ファン・ゴッホが、アルルで、カフェの主人とされる男性を描いた肖像画です。鮮やかな黄緑色の背景に、緑がかった黒の上着と、白いクラヴァットを着けた男が、頭をやや後ろに傾け、重いまぶたの下から、見下ろすようにこちらを見ています。オランダのクレラー=ミュラー美術館が所蔵しています。

基本情報

作者はフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)、制作年は1888年12月です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは、縦65.3×横54.4cm(ファン・ゴッホ美術館のカタログの記載)です。カタログ番号は、F533、JH1649です。クレラー=ミュラー美術館(オランダ、オッテルロー)に所蔵されています。

題名とモデル

この絵は、長く、《男の肖像》や、《俳優の肖像》と呼ばれてきました。「俳優」の題は、クレラー=ミュラー美術館の創設者ヘレーネ・クレラー=ミュラーが、手紙で、何気なくつけた呼び名だと、ファン・ゴッホ美術館のカタログは説明しています。

1989年に、美術史家ロナルド・ピクヴァンスが、モデルを、ジョゼフ=ミシェル・ジヌーと特定しました。ジヌーは、アルルのラマルティーヌ広場で、妻マリーとともに、カフェ・ド・ラ・ガールを営んでいた人物です。《アルルの女》のモデルとして知られる、マリー・ジヌー(1848〜1911)の夫にあたります。ゴッホは、1888年9月中旬に、黄色い家に住み始める前の5か月間を、このカフェの上の部屋に下宿していました。黄色い家を借りられることも、ジヌー夫妻が知らせたと、同カタログは記しています。

ピクヴァンスは、決定的な証拠を示していません。ただし、1888年の秋に、ゴッホとゴーギャンが描いた肖像のモデルは、すべて、ゴッホの身近な人々だったため、ジヌーと考えるのが妥当だと、同カタログは述べています。

ゴーギャンとの並んだ制作

12月中旬に、ジヌーが、黄色い家を訪れて、モデルになったとき、ゴッホとゴーギャンは、並んで座り、同時に、その姿を描きました。ゴッホは、正面から、ゴーギャンは、右から斜めに描いたと、カタログは分析しています。ゴーギャンの《ジョゼフ=ミシェル・ジヌーの肖像》は、未完成で、現在は、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館にあります。

ファン・ゴッホ美術館は、ゴッホの肖像が、「見事な腕前と、熱意をもって」描かれたのに対し、ゴーギャンの肖像は、気乗りのしない、未完の習作だと、対比しています。ゴッホは、1888年11月に、マリー・ジヌーを、一時間で描き上げたと、テオに書いています(書簡717)。ジヌー夫妻に、モデルになってもらうことは、ゴッホの強い望みでしたが、ゴッホ一人では、説得できず、ゴーギャンの助けが必要だったとも、述べられています。

見どころ|尊大な表情

画面の中央に、男が、肩を右に傾けて、立っています。黒い髪は、短く、額の生え際は、鋭角です。眉は、片方が高く、まぶたは、半分閉じられ、鼻の脇や、口元には、深いしわが、刻まれています。顎には、ひげの影が、あります。ファン・ゴッホ美術館のカタログは、この人物が、頭をわずかに後ろへ反らしながら、体を硬く、まっすぐに保ち、半ば閉じた目で、目の前の出来事を、見下ろしているようだと述べ、「尊大」な様子と解説しています。

着ているのは、深い緑の、ダブルの上着で、青緑の筆の跡が、光の当たる面を表しています。首には、白いクラヴァットが、大きな蝶結びに結ばれています。このような結び方は、「バイロン風」と呼ばれ、詩的で、知的な印象を与えるものだと、カタログは、美術史家キャロル・ゼメルの説を引いて、説明しています。

見どころ|背景の黄緑

背景は、強い黄緑色の絵の具が、渦を巻くように、短い筆で重ねられています。ゴッホは、弟テオへの手紙で、黄色い家の内壁が白いと書いていますが(1888年7月)、この時期の肖像の背景は、ほとんどが、想像上の色で、塗られています。この黄緑と、上着の濃い緑、肌の黄色が、画面を強く統一しています。

まとめ

《男の肖像》は、ゴッホが、身近な人物の表情を、色と筆づかいで、はっきりと描き出した、アルル時代の肖像の一つです。ゴーギャンと並んで描いたことで、ふたりの制作のちがいも、はっきりと見える作品です。

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