《プロヴァンスの農家》(1888年)は、フィンセント・ファン・ゴッホが、南フランスのアルルで描いた風景画で、ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵しています。黄色い野原のなかを、白い道と石の壁が、うねるように伸び、その奥には、積み藁と農家が見えます。ターコイズ色の空には、白とピンクの筆の渦が走ります。アルル時代の、明るい色彩と、大胆な筆づかいがよく表れた作品です。
基本情報
作者はフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)、制作年は1888年、制作地はアルルです。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦46.1×横60.9cm。ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アート(収蔵番号1970.17.34、アイルサ・メロン・ブルース・コレクション)に所蔵されています。作品番号はF565、JH1443です。「農家の門と積み藁」と呼ばれることもあります。署名は、ないとされます。
制作背景|アルルの太陽
ゴッホは、1888年2月、雪に覆われたアルルに着きました。彼が南仏に求めたのは、太陽でした。ナショナル・ギャラリーによると、ゴッホは、強い光が、細部を洗い流し、形を単純にして、世界を、浮世絵に見るような、平らな模様にしてしまうことを求めていました。ゴッホは、アルルを「南の日本」と呼びました。
アルルでの約15か月(444日)のあいだに、ゴッホは、200点以上の油彩、約100点の素描を描き、200通以上の手紙を書きました。小麦畑の連作について、ゴッホは、黄色い、古い金色の風景を、収穫する人が、焼けつく太陽のもとで、黙々と刈り取るのと同じように、急いで描いたと書いています(趣旨)。同時に、これらの作品が、「急いで描いた」と批判されるべきではなく、何をどう描くかを、長い間、考えた末の仕事だとも述べています。
見どころ|補色の響き合い

画面の手前では、黄金色と、淡い緑の短い筆の線が、野原を埋めています。そのなかに、赤い小さな点が集まって、石壁の端に咲く花になっています。ナショナル・ギャラリーは、植物の赤と緑、柵の橙と青、そして、青緑の空に差す、ピンクの雲が、補色の組み合わせとして、互いに震えるように響き合うと解説しています。
画面の左には、青緑のシャツを着て、黒い帽子をかぶった男が、淡い桃色のズボンで、野原のなかへ、背を向けて歩いています。その右では、紫、ピンク、青の水平な筆の線で描かれた石壁が、手前へ向かって、大きくカーブを描いています。壁は、奥で、二本の石柱の門とつながり、門の向こうには、黄褐色の積み藁が、三つ並んでいます。
左の奥には、橙色の屋根と、黄色い壁の農家が建ち、青緑の窓と扉が見えます。木々は、濃い緑の点で描かれ、一本だけ、青い木が混ざっています。遠景には、水平線に沿って、青い帯が横切り、遠い山並みのように見えます。
浮世絵との関わり
ナショナル・ギャラリーは、この絵について、歌川広重の《名所江戸百景》のような版画に着想を得たと紹介する映像を公開しています。具体的には、広重の《隅田川堤 桜満開》(原題の英訳は「Cherry Blossoms in Full Bloom Along the Sumida River」)を挙げています。大きくカーブする壁や、構図の切り取り方が、浮世絵を思わせるという見方です。
来歴
ナショナル・ギャラリーの記録によると、この絵は、ゴッホの死後、弟テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルが所有し、1890年11月に、パリのジュリアン・タンギーの画廊を通じて、画商のウィリー・グレトールに売られました。のちに、画家マリア・スラヴォーナとオットー・アッカーマン、パリの画商ガストン・ベルネーム・ド・ヴィレールなどを経て、エドワード・モリヌーの所有となりました。1955年に、アイルサ・メロン・ブルースが購入し、1970年に、彼女の遺贈によって、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートに入りました。
日本でも、1999年(京都市美術館、東京都美術館)と、2011年(国立新美術館、京都市美術館)の、ナショナル・ギャラリーの所蔵品展に出品されています。
まとめ
《プロヴァンスの農家》は、ゴッホが、アルルの太陽の下で見つけた色と形を、筆の勢いのままに、画面へ移した作品です。黄色い野原、紫の石壁、青緑の空。それぞれの色が、隣り合う色を、いっそう強く輝かせています。農家へ向かうのでも、離れるのでもなく、野原を歩いていく男の背中が、画面に、静かな時間を添えています。
