テンペラ画とは|油絵との違いをわかりやすく解説

《卵》という、身近な食材が絵の具になる。そう聞くと意外に思うかもしれませんが、テンペラ画は何千年もの間、人類が最も頼りにしてきた絵画技法の一つでした。ルネサンス期の名画の多くも、実は油絵ではなくテンペラで描かれています。この記事では、テンペラ画がどんな技法で、油絵とはどう違うのかを解説します。

目次

定義

テンペラ画とは、顔料を卵黄などの水溶性の展色剤(バインダー)と混ぜ合わせて描く、絵画技法を指します。「テンペラ」という言葉自体は、ラテン語で「調合する」「望ましい濃度に整える」を意味する動詞に由来しています。乾いた顔料の粉末は、そのままでは画面に定着しないため、卵をはじめとする接着性のある媒材と練り合わせることで、初めて絵の具として使えるようになるのです。

具体例

テンペラ画の技法的な特徴は、次のような点に表れています。

  • 本来の卵テンペラは、卵黄・水・顔料という、わずか3つの材料だけで作ることができる
  • 古代エジプトの石碑や、ミイラを納める棺、パピルスの巻物にも、この技法が使われていた
  • 6世紀頃のビザンティン聖像画(イコン)では、テンペラが標準的な技法として定着していた
  • 板絵に用いる際は、下地として「ジェッソ」と呼ばれる白い下塗り剤を、8層ほど重ねて塗ることもあった

背景

テンペラ画の起源は非常に古く、記録に残る最初期の使用例は、紀元前4世紀、古代ギリシャの画家アペレスによるものとされていますが、彼の作品は現存していません。今日確認できる最古の実例は、ローマ支配下のエジプトで描かれた、副葬用の肖像画です。その後、古代エジプト・バビロニア・ミケーネ文明のギリシャ・中国といった、世界各地の文明で、壁画の技法として広く使われ続けました。ヨーロッパでは、中世からルネサンス初期にかけて、板絵の中心的な技法として君臨し、ジョット・ドゥッチョ・フラ・アンジェリコといった画家たちが、この技法で数々の傑作を生み出しています。

主要な概念

制作の工程

板絵の場合、まず木製の板を、膠や麻布で下地処理し、木目や継ぎ目を覆います。その上にジェッソを何層も塗り重ね、なめらかな白い表面を作ります。下絵は、穴を開けた型紙の上から木炭の粉をはたき、点線を写し取る「ポンス(型写し)」という手法で転写されることが一般的でした。顔料は使う直前に石板の上で擂り、そのつど卵と混ぜ合わせます。テンペラは厚塗りができず、乾燥も非常に早いため、絵の具は薄い層を重ねる形で、根気よく塗り重ねていく必要がありました。

油絵との違い

テンペラと油絵の最大の違いは、乾燥の速さと、それに伴う表現の幅にあります。テンペラはすぐに乾いてしまうため、色を画面上でなだらかに溶け合わせることが難しく、油絵のような厚みのある質感や、劇的な陰影を作るのには、不向きでした。一方で、テンペラには油絵にはない利点もあります。時間が経っても黄変したり暗くなったりしないため、描いた当時の透明感のある色合いを、長く保つことができるのです。ジェッソの白い下地を、薄く塗られた顔料の層が通して、光を反射させる仕組みも、テンペラ特有の輝きを生み出す要因になっています。

なぜ油絵に取って代わられたのか

15世紀のフランドル地方で、ヤン・ファン・エイクをはじめとする画家たちが油絵の技法を洗練させると、ゆっくり乾く油絵の具は、色を自在に混ぜ合わせ、より写実的で立体的な陰影を作れることから、急速に評価を高めていきました。この技法は、アルプスを越えてイタリアにも伝わり、15世紀後半には、多くの画家が卵テンペラと油を組み合わせた「テンペラ・グラッサ」という混合技法を試すようになります。ボッティチェリやミケランジェロといった、後期ルネサンスの巨匠たちも、しばらくは伝統的なテンペラを使い続けていましたが、時代の流れとともに、主役の座は次第に油絵へと移っていきました。

現代への影響

テンペラは、ルネサンス以降ヨーロッパの主流の座を油絵に譲りましたが、途絶えたわけではありません。20世紀に入ると、ベン・シャーンやアンドリュー・ワイエス、ルシアン・フロイドといった画家たちが、この古い技法を再び取り上げ、独自の表現に活かしています。今日でも、正教会のイコン画の世界では、テンペラが伝統技法として受け継がれ続けています。

よくある誤解

誤解①「テンペラ画は、油絵よりも劣った、過去の技法である」

油絵に取って代わられたという歴史的経緯から、テンペラが技術的に劣っていたと思われがちです。しかし実際には、テンペラには経年による黄変や暗色化がほとんどないという、油絵にはない優れた耐久性があります。両者は優劣というより、それぞれ異なる特性を持つ技法として、使い分けられていました。

誤解②「ダ・ヴィンチやレンブラントは、生涯を通じて油絵しか使わなかった」

ルネサンス以降の巨匠というイメージから、油絵一筋だったと思われがちですが、レオナルド・ダ・ヴィンチは《最後の晩餐》で、乾いた漆喰の壁に、テンペラと油を組み合わせる実験的な技法を用いています。もっとも、この試みは技術的に不安定で、完成後まもなく劣化が進んでしまったことでも知られています。

FAQ

Q. テンペラ画とは何ですか?
A. 顔料を卵黄などの水溶性の展色剤と混ぜ合わせて描く、古代から続く絵画技法です。

Q. テンペラ画と油絵の違いは何ですか?
A. テンペラは乾燥が速く薄塗りが基本で、経年変化が少ないのに対し、油絵はゆっくり乾くため色を混ぜ合わせやすく、厚みのある質感や陰影を表現しやすい技法です。

Q. なぜテンペラ画は油絵に取って代わられたのですか?
A. 15世紀のフランドル地方で油絵の技法が洗練され、より写実的で立体的な表現ができるようになったことで、ヨーロッパ美術の主流が徐々に油絵へ移っていきました。

Q. テンペラ画は今も使われていますか?
A. はい。20世紀にはアンドリュー・ワイエスらが再評価し、正教会のイコン画の世界では、今日でも伝統技法として使われ続けています。

まとめ

卵という日常的な材料が、何千年もの間、人類の絵画表現を支えてきたという事実は、あらためて考えると不思議なものです。テンペラ画は、油絵の登場によって主役の座を退きましたが、その透明感のある発色と耐久性は、今も一部の画家やイコン画家たちに選ばれ続けています。次に美術館でルネサンス期の板絵を見かけたら、それが卵で描かれているかもしれない、と思い出してみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次