《サロメ》(1906年)は、ドイツ象徴主義を代表する画家フランツ・フォン・シュトゥックによる油彩画で、ミュンヘンのレンバッハハウス市立美術館が所蔵する作品です。恍惚とした表情で踊るサロメを描いたこの絵は、19世紀末ヨーロッパを席巻した「宿命の女(ファム・ファタール)」という主題の頂点というべき作品でありながら、実は同じ年に、構図の異なる複数のバージョンが描かれていました。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | フランツ・フォン・シュトゥック(1863〜1928) |
| 制作年 | 1906年(同年に複数バージョン制作) |
| 技法・素材 | テンペラ・カンヴァス |
| サイズ | 114.5×92cm |
| 所蔵 | レンバッハハウス市立美術館(ミュンヘン) |
| 主題 | 『マルコによる福音書』6章、洗礼者ヨハネの斬首 |
| 着想源 | オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』 |
一言でいうと
《サロメ》は、洗礼者ヨハネの首を斬らせた褒美として、その首が皿に載せられて運ばれてくる、まさにその瞬間に、恍惚とした表情で踊り続けるサロメを描いた、19世紀末ヨーロッパを席巻した「宿命の女」という主題の頂点というべき作品であり、官能と恐怖とが同居する画面構成によって、象徴主義美術の代表的な一枚として今日も高く評価されている。
制作背景
この絵の主題は、『マルコによる福音書』6章に記された逸話に基づいています。ヘロデ王の誕生日の祝宴で、王妃ヘロディアの娘サロメが見事な踊りを披露すると、王は褒美として何でも望みを叶えると約束しました。母ヘロディアの入れ知恵により、サロメは洗礼者ヨハネの首を求め、その願いはかなえられます。この主題は19世紀末、劇作家オスカー・ワイルドが戯曲『サロメ』(1891年)でサロメを、単なる母の道具ではなく、自らの意志を持つ「宿命の女」として再解釈したことをきっかけに、ヨーロッパの美術界で爆発的な人気を博しました。シュトゥックもこのワイルドの解釈から着想を得て、この絵を手がけたと考えられています。
制作の翌年ではなく前年、1905年にバイエルン王家功労勲章を授与され「フォン・シュトゥック」の称号を得たばかりだったシュトゥックにとって、この絵は、世紀末芸術家自らの姿を「宿命の女」に重ね合わせた自己言及的な作品でもあったと指摘する研究者もいます。実際、この絵で首を差し出す従者のモデルを、シュトゥック自身が務めたという説もあり、彼が自らの絵の中で「覗き見る者」の役割を担っていたとも解釈されています。
見どころ

構図:画面のほとんどを、上半身裸に近い姿で恍惚とした表情を浮かべるサロメが占めています。宝飾品と薄い布のスカートだけを身にまとい、片腕を高く掲げたその姿は、勝ち誇ったような、あるいは陶酔したような、両義的な表情を湛えています。彼女の傍らの闇の中には、従者の姿が不気味に浮かび上がり、皿に載せた洗礼者ヨハネの首を、彼女に差し出しています。その首の周りには、後光のような光輪が描かれ、暗い画面の中でひときわ強い存在感を放っています。背景は、無数の星々が瞬く夜空で満たされています。
官能と恐怖の同居:レンバッハハウス美術館の解説によれば、この絵では「官能性と嫌悪感が優劣を競い合っている」とされています。星空を背景にした構図は、殉教者となったヨハネの魂が向かう聖なる来世を暗示しているとも解釈できる一方で、その先に広がるのは深い暗闇にすぎないという、危うさへの警告としても読み取ることができます。この両義性こそが、シュトゥックの《サロメ》を単なる扇情的な絵にとどまらせない、象徴主義らしい奥行きを与えています。
複数のバージョン:興味深いことに、シュトゥックはこの主題を同じ1906年のうちに少なくとも3度手がけたことが記録に残っています。このレンバッハハウス美術館所蔵の大型バージョンのほかに、より小さなバージョン(個人蔵、ドレスデンの新巨匠絵画館で1953年から91年まで展示)があり、さらにもう一点、ドイツ・ダルムシュタットのヘッセン州立博物館が所蔵していたバージョンは、第二次世界大戦中に失われてしまいました。
評価
《サロメ》は、グスタフ・クリムトの《ユディト II(サロメ)》(1909年)や、ロヴィス・コリントの《サロメ II》(1900年)など、同時代に相次いで描かれた「サロメ」主題の作品群の中でも、特に象徴主義の美意識を凝縮した一枚として位置づけられています。世紀末ヨーロッパを覆っていた「宿命の女」への強い関心を体現するこの絵は、BBCの番組「100 Great Paintings」にも選出されています。
よくある誤解
誤解①「この絵はシュトゥックが手がけた唯一の《サロメ》である」→ 実際は同じ年に複数のバージョンが存在する
代表作として単独で語られることが多いため、これが唯一の作品だと思われがちですが、実際にはシュトゥックは1906年のうちに少なくとも3バージョンを手がけており、うち1点は第二次世界大戦中に失われています。
誤解②「画面右下の光る対象は装飾的な象徴にすぎない」→ 実際は洗礼者ヨハネの首が載った皿である
抽象的な発光体のように見えることから、単なる神秘的な演出だと思われがちですが、実際にはこれは、闇の中の従者がサロメに差し出す、洗礼者ヨハネの首が載った皿であり、その周囲を光輪が取り囲んでいます。
FAQ
Q. 《サロメ》(1906年)とはどんな作品ですか?
A. シュトゥックが1906年に手がけたテンペラ画で、洗礼者ヨハネの首を褒美として受け取る瞬間、恍惚とした表情で踊り続けるサロメを描いています。レンバッハハウス市立美術館が所蔵しています。
Q. なぜこの絵は「宿命の女」を象徴する作品とされているのですか?
A. オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』が、彼女を単なる母の道具ではなく自らの意志を持つ女性として描いたことに影響を受け、官能と恐怖が同居する魅惑的な女性像として表現されているためです。
Q. この絵にはどんな聖書の逸話が描かれていますか?
A. 『マルコによる福音書』6章に記された、ヘロデ王の誕生祝いでサロメが踊りの褒美として洗礼者ヨハネの首を求め、それがかなえられた逸話に基づいています。
Q. 《サロメ》(1906年)はどこで見られますか?
A. ドイツ・ミュンヘンのレンバッハハウス市立美術館が所蔵しています。
まとめ
《サロメ》は、洗礼者ヨハネの首を斬らせた褒美として、その首が皿に載せられて運ばれてくる、まさにその瞬間に、恍惚とした表情で踊り続けるサロメを描いた、19世紀末ヨーロッパを席巻した「宿命の女」という主題の頂点というべき作品であり、官能と恐怖とが同居する画面構成によって、象徴主義美術の代表的な一枚として今日も高く評価されています。120年近くを経た今もなお、この絵は魅惑と危うさが表裏一体であるという、普遍的な緊張感を私たちに伝えています。

