《エジプトの聖マリア(埋葬)》とは|一頭の獅子が墓を掘った、悔悟の聖女の最期を徹底解説

《エジプトの聖マリア(埋葬)》(1912年)は、ドイツ表現主義を代表する画家エミール・ノルデによる油彩画で、三部作《エジプトの聖マリアの伝説》の最終場面にあたる作品です。かつて娼婦として生きた聖女マリアの亡骸を、隠者ゾシマスと一頭の獅子が共に葬る場面を描いたこの絵は、燃えるような原色と激しい筆致によって、罪と救済という宗教的主題を、ノルデ独自の激烈な表現主義へと昇華させた一枚です。

目次

基本情報

項目内容
作者エミール・ノルデ(1867〜1956)
制作年1912年
技法・素材油彩・カンヴァス
連作三部作《エジプトの聖マリアの伝説》第3場面(埋葬)
様式ドイツ表現主義
主題聖マリア(エジプトのマリア)の遺体を葬る、隠者ゾシマスと獅子

一言でいうと

《エジプトの聖マリア(埋葬)》は、荒野で息絶えた聖女マリアの遺骸のかたわらに、驚きながらも敬意を込めて彼女を弔おうとする老隠者ゾシマスと、彼に代わって前足で墓穴を掘る一頭の獅子を描いた作品でありながら、燃え立つような黄色と赤、そして荒々しい筆致によって、罪深き生涯の果てに聖性へと至った一人の女性の最期を、激烈な宗教的感情とともに描き出した一枚です。

制作背景

この絵は、エジプトのマリアという聖女の伝説を主題とした三部作の最終場面です。伝説によれば、彼女は若くしてアレクサンドリアで娼婦として生き、肉欲の赴くままに生きていましたが、エルサレムへの巡礼をきっかけに回心し、以後47年間、ヨルダン川を渡った先の荒野で、一人隠遁生活を送りながら悔悟の日々を過ごしました。老いた隠者ゾシマスがこの荒野で彼女と出会い、聖体拝領を授けた翌年、再びこの地を訪れた彼は、すでに息絶えた彼女の遺体と、埋葬を願う砂上の言葉を見つけます。驚いたゾシマスが墓穴を掘り始めるも、体力が尽きたところへ一頭の獅子が現れ、彼を手伝って墓を掘り上げたと伝えられています。

ノルデは1909年から1912年にかけて、キリスト教的な主題を扱った宗教画群を集中的に手がけており、この三部作《エジプトの聖マリアの伝説》は、9枚組の大作《キリストの生涯》と並んで、この時期における彼の最も大規模で入念な作品群の一つとされています。牧師の家庭に生まれたノルデにとって、宗教的な主題は生涯を通じて特別な関心の対象であり続けました。

見どころ

構図: 画面中央には、黄色く輝く肌を持つ聖マリアの遺骸が横たわり、その上には荒々しいたてがみを持つ獅子が、大きく開いた口とともに描かれています。画面右手には、白い髭をたくわえた老いたゾシマスが、片手を高く掲げながら、驚きと祈りの入り混じった表情でこの光景を見つめています。画面左手には、黒々とした髪の人物が遺骸に寄り添うように身を屈めており、手前には赤や桃色の花々が生い茂っています。

色彩と筆致: 深い紺色の夜の背景から、聖マリアの遺骸を照らし出す黄色い光の帯が放射状に広がり、獅子の毛並みや老隠者の衣の赤褐色と激しく対比しています。ノルデ特有の、荒々しく塗り重ねられた筆致が、この場面が持つ超自然的な緊張感を一層際立たせています。

聖性への到達: かつて罪深い生活を送っていた聖マリアが、47年に及ぶ荒野での苦行の末に聖性へと至り、その死を悼むために野生の獅子までもが力を貸すというこの伝説は、罪と救済、そして人間の魂が持つ贖罪の可能性という、キリスト教的な主題を象徴的に体現しています。

評価と受容

三部作《エジプトの聖マリアの伝説》は、1909年から1912年にかけてノルデが手がけた、初期の宗教画群25点の中でも、特に大規模で入念に作り込まれた代表作の一つとされています。この時期の作品群は、彼が独自の表現主義的な成熟した様式へと至る過程を色濃く記録しており、その後のモダニズム美術が一般に文学的・物語的な主題を軽視していったことを考えると、こうした主題を大規模に扱った作品群は、ノルデの画業の中でも特異な位置を占めています。三部作の第1場面はハンブルク美術館(クンストハレ・ハンブルク)に所蔵されており、聖マリアが娼婦として生きていた頃のアレクサンドリアの情景を描いています。

よくある誤解

誤解①「この絵は単に聖女の死を悼む場面を描いている」→ 実際は罪から聖性への到達という、生涯全体の到達点を象徴している
単なる死のイメージとして見られがちですが、実際にはこの絵は、かつて娼婦として生きた女性が47年の苦行を経て聖性に到達したという、三部作全体の物語の到達点として位置づけられています。

誤解②「墓を掘る獅子は単なる荒野の動物として描かれている」→ 実際は伝説において神意を体現する重要な存在として描かれている
背景の一部にすぎない動物として見過ごされがちですが、実際にはこの獅子は、伝説の中でゾシマスに代わって聖女の埋葬を成し遂げる、神意を体現する重要な役割を担った存在です。

FAQ

Q. 《エジプトの聖マリア(埋葬)》とはどんな作品ですか?
A. ノルデが1912年に手がけた油彩画で、荒野で息絶えた聖マリアの遺骸を、隠者ゾシマスと一頭の獅子が共に葬る場面を描いています。三部作《エジプトの聖マリアの伝説》の最終場面にあたります。

Q. なぜこの絵には獅子が描かれているのですか?
A. 伝説において、老いた隠者ゾシマスが墓を掘る体力が尽きた際、一頭の獅子が現れて彼を手伝い、共に聖マリアを埋葬したと伝えられているためです。

Q. 聖マリアとはどんな人物ですか?
A. 若くしてアレクサンドリアで娼婦として生きていましたが、エルサレム巡礼をきっかけに回心し、以後47年間ヨルダン川の先の荒野で隠遁生活を送り、悔悟の末に聖性へと至ったとされる聖女です。

Q. この三部作の他の場面はどこにありますか?
A. 第1場面「罪人たちの中の聖マリア」は、ハンブルク美術館(クンストハレ・ハンブルク)が所蔵しています。

まとめ

《エジプトの聖マリア(埋葬)》は、荒野で息絶えた聖女マリアの遺骸のかたわらに、驚きながらも敬意を込めて彼女を弔おうとする老隠者ゾシマスと、彼に代わって墓穴を掘る一頭の獅子を描いた作品でありながら、燃え立つような色彩と荒々しい筆致によって、罪深き生涯の果てに聖性へと至った一人の女性の最期を、激烈な宗教的感情とともに描き出した一枚です。人ではなく獣が手を貸したという結末が、110年以上前のこの絵に、どこか救いのような後味を残しています。

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