《早朝のステーン城を望む秋の風景(英:A View of Het Steen in the Early Morning)》は、フランドル・バロックの巨匠ペーテル・パウル・ルーベンスが1636年ごろに手がけた油彩画で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。晩年に手に入れた自らの領地ステーン城を、朝の澄んだ光のなかに描いたこの絵は、依頼制作ではなく、画家が純粋に自分自身の楽しみのために手がけた稀少な一枚だ。今回はこの絵がどうやって生まれたのか、そして対をなすもう1枚の絵との関係について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ペーテル・パウル・ルーベンス(1577〜1640) |
| 制作年 | 1636年ごろ |
| 技法・素材 | 油彩・オーク板 |
| サイズ | 約131.2×229.2cm |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー(ロンドン)収蔵番号NG66 |
一言でいうと
秋の朝もやのなかで輝くステーン城とその領地を、依頼主のためではなく、ただ自分自身のために描いた1枚。ルーベンスにとってこの絵は、画家としての仕事ではなく、晩年に手に入れた幸福そのものの記録だった。
制作背景
貴族への昇りつめた画家が手にした領地
ルーベンスは画家であると同時に外交官としても活躍し、スペイン国王フェリペ4世とイングランド国王チャールズ1世の両方から爵位を授けられていた。その地位と富によって、1635年、彼はマリーヌ(現在のメヘレン)近郊にあるステーン城の領地を購入する。田舎の隠れ家として夏を過ごすこの城で、ルーベンスは健康を回復させながら、依頼制作ではなく自分の愛する風景画を手がけることができた。
3枚の板から始まった大作
この絵は当初、家の外観だけを描いた小さな作品として構想されていたとされる。おそらく工房に残っていたオーク材の余り板3枚を使う予定だったが、構想が膨らむにつれて、さらに17枚もの板が継ぎ足され、最終的に幅2メートルを超える大画面へと成長していった。
対をなす「虹のある風景」
この絵には、もう1枚の対作品「虹のある風景」が存在する。現在ロンドンのウォレス・コレクションに所蔵されるこの絵は、同じステーン城の領地を夕方の光のなかで描いたものだ。2枚はもともとルーベンス自身の邸宅の同じ部屋の対面する壁に、窓から差し込む光の向きに合わせて掛けられていたと考えられている。朝の絵である本作は太陽が右側から差すよう構成されており、部屋の左側の壁に掛けられていたと推測されている。
コンスタブルにも影響を与えた1枚
この絵は19世紀初頭、画家ジョージ・ボーモント卿の所有となり、1823年に彼からナショナル・ギャラリーへ寄贈された。ボーモント卿のもとで活動していた時期のジョン・コンスタブルは、この絵から強い影響を受けたとされている。また美術史上、この絵はいわし雲(鯖空)を説得力を持って描いた最初期の作例としても知られている。
見どころ

朝日に照らされるステーン城
画面左手前には、ルーベンス自身の城館が朝日を浴びて描かれている。冷たく澄んだ光が屋敷の窓や、そのそばを流れる小川をきらめかせ、まだ夜露の残る草地には長い影が伸びている。
高台から見渡す広大な領地
この絵は高い視点から領地全体を見下ろすように構成されており、市場へ向かう夫婦、鴫を撃つ狩人、乳搾りをする農夫、赤子を抱く乳母など、朝の農村の営みが一望のもとに描き込まれている。理想化された田園の豊かさが、画面の隅々にまで満ちている。
空を舞う鳥といわし雲
画面右上に広がる空には、細かく波打つ雲、いわゆる「いわし雲」が描かれている。この気象現象を絵画のなかで説得力を持って表現した最初期の例として、美術史のなかでも注目されている。
銃を構える狩人と猟犬
画面手前には、猟犬を連れて鳥を狙う狩人の姿が描かれている。何気ない日常の一コマでありながら、こうした細部の積み重ねが、朝のステーン城の領地に流れる時間そのものを生き生きと伝えている。
実際に見るには
本作はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。対作品「虹のある風景」はロンドンのウォレス・コレクションにあり、2021年には200年以上ぶりに両作が再会する特別展が開催された。本作は近年大規模な修復を経て、制作当時の鮮やかな色彩を取り戻している。
よくある誤解
この絵はしばしば「よくある牧歌的な風景画の一枚」として単純に鑑賞されがちだが、実際にはルーベンスが依頼を離れ、純粋に自分自身の喜びのために手がけた稀少な作品である。単なる仕事の産物ではなく、画家が晩年にたどり着いた幸福な暮らしそのものの記録として見ることで、この絵の温かみがより深く伝わってくる。
FAQ
Q. 《早朝のステーン城を望む秋の風景》はどこで見られますか?
ロンドンのナショナル・ギャラリー(NG66)に所蔵されている。
Q. ステーン城とはどんな場所ですか?
ルーベンスが1635年に購入した、マリーヌ近郊の領地で、彼が晩年に夏を過ごした隠れ家である。
Q. 対になる作品はあるのですか?
「虹のある風景」が対作品として存在し、ロンドンのウォレス・コレクションに所蔵されている。
Q. なぜこの絵は依頼制作ではないのですか?
ルーベンスが画家としての仕事とは別に、自らの領地を記念して純粋な喜びのために描いたためである。
Q. この絵は他の画家にどんな影響を与えましたか?
19世紀にこの絵を所有していたジョージ・ボーモント卿のもとで、画家ジョン・コンスタブルが強い影響を受けたとされている。
まとめ
《早朝のステーン城を望む秋の風景》は、爵位を得て貴族としての地位を築いたルーベンスが、晩年に手に入れた領地への愛着をそのまま画面に注ぎ込んだ1枚だ。依頼から解き放たれた画家が、誰のためでもなく自分自身のために描いたこの朝の光景には、彼の生涯でも稀な安らぎが静かに満ちている。
