《キリスト昇架》とは|ルーベンスが確立したバロック様式の祭壇画を徹底解説

《キリスト昇架》(英:The Elevation of the Cross)は、フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンスが1610年から1611年にかけて手がけた三連祭壇画で、現在はアントウェルペンの聖母大聖堂に収蔵されています。中央パネルには、磔にされたキリストの十字架を筋骨隆々の男たちが力ずくで引き立てる場面が描かれ、左右の翼パネルには嘆き悲しむ人々とローマ兵の姿が続きます。イタリアから帰国した直後のルーベンスが、ネーデルラントにバロック様式をもたらすきっかけとなった記念碑的な作品です。

目次

《キリスト昇架》とは — 基本情報

項目内容
作者ピーテル・パウル・ルーベンス(1577〜1640)
制作年1610〜1611年
技法・素材板・油彩
形式三連祭壇画
サイズ中央パネル460×340cm、両翼パネル各460×150cm
所蔵聖母大聖堂(アントウェルペン)
別名『十字架昇架』

一言でいうと

《キリスト昇架》は、磔刑という静的になりがちな主題を、十字架を持ち上げる男たちの筋肉と対角線構図によって、いままさに起きている出来事として描き出した作品です。ルーベンスがイタリアで吸収した劇的な表現を、故郷アントウェルペンに持ち帰った最初の成果といえます。

制作背景 — なぜこの絵は生まれたのか

聖ヴァルブルガ教会からの依頼

本作はもともと、アントウェルペンの聖ヴァルブルガ教会の主祭壇画として制作されました。制作費の大部分は豪商コルネリス・ファン・デル・ヘーストが負担したと伝えられています。ルーベンスはこの依頼を通じて、故郷の教会に自らの新しい様式を披露する大きな機会を得たことになります。

イタリア帰国後、最初の大作

ルーベンスは1600年から1608年にかけて、中断を挟みながらイタリアに滞在していました。帰国後まもなく手がけられた本作は、彼がイタリアで学んだ劇的な明暗表現や力強い人体表現をそのまま持ち込んだ作品であり、これによってネーデルラントの美術にバロック様式が広まる契機となりました。本作を完成させてから間もなく、ルーベンスは対をなす作品《キリスト降架》の制作にも取りかかっています。

見どころ徹底解説

中央パネル — 対角線構図と9人の処刑人

中央パネルには、いばらの冠をかぶせられ、手足を釘で打ちつけられたキリストの十字架を、9人の処刑人たちが立ち上げようとする場面が描かれています。男たちは筋肉を隆々とさせながら十字架を持ち上げ、なかにはロープを引いて力を加えている者もいます。十字架は右下から左上へと斜めに走る対角線を形づくり、この強い斜線が画面全体に緊張感を与えています。

キリストの姿 — 古代彫刻からの引用

キリストの身体表現には、古代彫刻《ラオコーン》の影響が色濃く見られるとされています。苦悶にねじれる肉体を通じて痛みを表現するという古代彫刻の語法が、宗教画の主題のなかに移し替えられているのです。単なる殉教の場面ではなく、肉体を通じた劇的な苦悩の表現として磔刑を描き直した点に、本作の新しさがあります。

左翼パネル — 嘆き悲しむ人々

左翼パネルには、悲しみを懸命に抑える聖母マリアと、その周囲で腕を宙に伸ばし恐怖を露わにする女性たちの姿が描かれています。ねじれた手足やなびく髪によって、彼女たちの動揺が視覚的に強調されており、中央パネルの荒々しい動きとは対照的な、内に秘めた悲嘆の表現になっています。

右翼パネル — ローマ兵と処刑に関わる者たち

右翼パネルには、馬に乗ったローマ兵とキリストの処刑に関わる人物たちが描かれています。中央パネルの緊迫した動きが右側にも延長される形で、3枚のパネル全体が一つの連続した情景としてまとめられています。なお、翼を折りたたんだ際に見える裏面には、2人の聖人の姿が描かれています。

もう一つの磔刑 — 2人の盗賊

画面には、キリストとともに磔にされようとする2人の盗賊の姿も描き込まれています。一人はまだ力ずくで押さえつけられている最中であり、もう一人はすでに十字架に釘で打ちつけられています。中心の主題であるキリストの受難だけでなく、その周囲で進行する複数の出来事を同時に描き込むことで、画面全体に物語としての厚みが生まれています。

来歴 — 制作から現在まで

本作は19世紀初頭、フランス軍によって強奪されパリまで持ち去られましたが、1815年にアントウェルペンへ返還されました。1816年以降は聖母大聖堂に置かれ、現在に至っています。17世紀当時の聖堂内部を描いた絵画によると、完成当初は本作の上に父なる神や天使を描いた作品が、下に物語場面を描いた作品が加えられていたとされていますが、現在それらは失われています。

《キリスト降架》との比較

《キリスト昇架》《キリスト降架》
制作年1610〜1611年1611〜1614年
依頼主聖ヴァルブルガ教会(実質はファン・デル・ヘースト)火縄銃射手組合(責任者ニコラース・ロコックス)
構図の対角線右下から左上へ右上から左下へ
場面の性格十字架を立ち上げる動的な瞬間遺体を降ろす静かな悲しみの瞬間

同じ聖母大聖堂に並んで飾られているこの2作は、対角線の向きを反転させることで、キリストの受難における「上げる」動きと「降ろす」動きを視覚的に対比させています。連続する物語でありながら、緊張と静けさという正反対の感情を表現している点が、あわせて鑑賞する醍醐味です。

実際に見るには

本作はベルギー・アントウェルペンの聖母大聖堂で常設展示されています。同じ聖堂には対をなす《キリスト降架》も収蔵されており、二つの祭壇画を見比べながら回ることができます。児童文学『フランダースの犬』では、主人公ネロがこの2枚の絵をずっと見たいと願い続け、物語の最後にようやく目にする場面が描かれており、作品を訪ねる旅行者のあいだでもよく知られたエピソードです。

よくある誤解

『フランダースの犬』の印象から、本作を《キリスト降架》と混同して語られることがありますが、両者は構図の対角線の向きや場面の性格が異なる別々の祭壇画です。また「昇架」というタイトルから穏やかな上昇の場面を連想しがちですが、実際には筋肉質な男たちが力任せに十字架を引き立てる、きわめて動的で緊迫した場面が描かれています。

FAQ

Q. 《キリスト昇架》は誰の依頼で制作されましたか?
アントウェルペンの聖ヴァルブルガ教会の主祭壇画として依頼され、制作費の大部分は豪商コルネリス・ファン・デル・ヘーストが負担したと伝えられています。

Q. なぜ現在は聖母大聖堂にあるのですか?
本作がもともと収められていた聖ヴァルブルガ教会が取り壊されたことや、19世紀にフランス軍に強奪された後の返還先が聖母大聖堂だったことが理由です。

Q. キリストの姿には何か典拠がありますか?
古代彫刻《ラオコーン》の苦悶にねじれる肉体表現の影響を受けているとされています。

Q. 三連祭壇画はどのように構成されていますか?
中央パネルに十字架を立ち上げる場面、左翼パネルに嘆き悲しむ聖母マリアたち、右翼パネルにローマ兵と処刑に関わる人々が描かれ、3枚全体で一つの連続した情景を形づくっています。

Q. 『フランダースの犬』とはどんな関係がありますか?
物語の終盤で、主人公ネロが《キリスト昇架》と《キリスト降架》をようやく目にしたのち息を引き取る場面があり、日本でこの作品が広く知られるきっかけの一つになっています。

まとめ

《キリスト昇架》は、磔刑という古くからの主題を、対角線構図と筋肉質な人体表現によって「いままさに起きている出来事」として塗り替えた作品です。イタリアで吸収した劇的な語法を故郷に持ち帰ったばかりのルーベンスが、これから訪れる自らの黄金時代の幕開けを告げた一枚だといえます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次